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2009年3月20日

「出版物・掲載誌」を更新しました
梅原淳が執筆した記事が「ひととき」2009年4月号(ジェイアール東海エージェンシー)に掲載されております。ぜひ一度ご覧ください。

2009年3月20日

「出版物・掲載誌」を更新しました
梅原淳が執筆した記事が「ひととき」2009年4月号(ジェイアール東海エージェンシー)に掲載されております。ぜひ一度ご覧ください。
  • 2009.03.20 Friday
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2009年3月20日発売

「ひととき」2009年4月号(ジェイアール東海エージェンシー)
 梅原 淳は「鉄道の殿堂」No.7として「機能を徹底追求した造形美・余部鉄橋」の執筆を担当いたしました。ぜひ一度ご覧ください。

2009年3月19日発売

「鉄道時間 vol.008」(イカロス出版)
 梅原 淳は「鉄道要衝の地を訪ねる」「第4回 蘇我駅」の執筆を担当いたしました。どうぞご覧ください。

2009年3月19日

「出版物・掲載誌」を更新しました
梅原淳が執筆した記事が「鉄道時間 vol.008」(イカロス出版)に掲載されております。ぜひ一度ご覧ください。
  • 2009.03.19 Thursday
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2009年3月19日

「出版物・掲載誌」を更新しました
梅原淳が執筆した記事が「鉄道時間 vol.008」(イカロス出版)に掲載されております。ぜひ一度ご覧ください。
  • 2009.03.19 Thursday
  • NEWS

2009年3月18日

「鉄道よもやま話」を更新しました
「鉄道よもやま話」に「真島満秀氏の逝去を悼む」を追加しております。なお、タイトルにもありますように、鉄道写真家の真島満秀氏は2009年3月14日にお亡くなりになりました。謹んでご冥福をお祈りいたします。

2009年3月18日

「鉄道よもやま話」を更新しました
「鉄道よもやま話」に「真島満秀氏の逝去を悼む」を追加しております。なお、タイトルにもありますように、鉄道写真家の真島満秀氏は2009年3月14日にお亡くなりになりました。謹んでご冥福をお祈りいたします。
  • 2009.03.18 Wednesday
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真島満秀氏の逝去を悼む

 鉄道写真家の真島満秀氏が2009年3月14日に亡くなられた。享年62歳。謹んでご冥福をお祈りいたします。
 極めて単純で、うわべだけの見方をさせていただくと、真島氏の作品の特徴は「ゴージャス」という一言に尽きると筆者は考える。緑は瑞々しく、空は青く、車両はくっきりあるいは幻想的に――と、真島氏の作品は見る者だれもが思い描く「美しい鉄道写真」を裏切ることは決してない。そして、「日本にはこんなに美しい四季と美しい風景とがあり、そのなかをこんなに格好のよい鉄道の車両が走っています。どうです、行ってみたくなったでしょう」と語りかけているかのようだ。
 真島氏の作品に写し込まれた純日本的な風景はごくありふれた当たり前の日常に見える。だが、実際に作品の背景を探ってみると、多くの場合、1年のうちごくわずかな時期と限られた光線状態それに構図でしか写し得ないものだということに気づく。つまり、偶然を装いながら、非常に綿密な計算のもとに撮影されているのだ。映画の『男はつらいよ』で取り上げられる風景がどこにでもありそうで、実はそうではないと申し上げればおわかりいただけるだろうか。
 言うまでもなく、鉄道写真の大多数は屋外で展開されるから、自然写真あるいは風景写真の一つとして分類される。ところが、真島氏の作品は巨大なセットをつくり、その中に鉄道車両を走らせているように思えてならない。にもかかわらず、こうした虚構性を見るものに全く意識させない作品に仕上げられている。フィクションでありながら現実の世界の出来事のように見せる広告写真の手法を鉄道写真に持ち込んだという点で、真島氏の功績は後世に語り継がれることであろう。
 真島氏は鉄道写真界の大御所ではあるが、鉄道愛好者からの反発も多かった。いかに鉄道車両が大きく写されていようとも、どの作品からも鉄道車両への愛情が感じられないからだ。広告代理店勤務の後、真島満秀写真事務所を設立という経歴が拍車をかけているのかもしれない。
 生前の真島氏からうかがった話を総合すると、どうやらあえてそうした手法を選択されたようだ。一個人としての真島氏がどれだけ鉄道車両に愛着を抱いていたのかはわからない。しかし、鉄道写真家・真島満秀としてひとたびカメラを握ったときは、あくまでも美しい風景に見合うように鉄道車両をあしらっていった。誤解のないように申し上げておくが、鉄道車両への限りなき愛着をそのまま作品に反映させることが悪いと言っているのではない。ただ単に「よい鉄道写真」へのアプローチが異なっているだけだ。
 かつて、酒宴の席で真島氏は筆者に次のように諭されたことがある。
「最近の編集者は(写真をどのように掲載すれば最も効果的かが)わかっていない。」
 この言葉を聞いた当時の筆者は「鉄道ファン」編集部を辞めた直後で、よくもかように将来性の乏しい人間に編集論を熱く語りかけてくるのだろうと、いぶかしくもあり、嬉しくもあった。その後、筆者は編集とは異なる分野に進み、真島氏の期待にこたえる機会が訪れることがなかったのは残念だ。ただ、筆者が執筆した出版物、あるいは出演した番組に真島氏も一緒に登場されるといったケースがたびたびあり、もしかしたら筆者のことも思い出していただいたのかもしれない。
 真島氏の告別式の帰途、しなの鉄道の電車の車窓には快晴の空のもと、浅間山がいっぱいに広がっていた。乗り合わせた人たちは見事な浅間山に思わず携帯電話を向ける。果たして、真島氏はこの風景をどのように撮影されただろうか。その答えを知る機会は永久に失われてしまった。

2009年3月6日発売その2

『鉄道歴史読本』(朝日文庫、朝日新聞出版)
 本書は週刊「鉄道データファイル」(デアゴスティーニ・ジャパン)に連載中の「鉄道の歴史」に掲載されたものを、改題、再編集したものです。また、付章として「日本国有鉄道はなぜ破綻したのか」を新たに書き下ろしております。
 連載中から、拙稿の執筆に当たっては極力感情を排し、真実の究明を淡々と実行することを心がけてまいりました。しかしながら、いくつかの項目では事実の重みに梅原淳自身も感情の高ぶりを禁じ得ない部分が存在したこともまた確かです。こうした点も鑑みてお読みいただければと存じます。ぜひ一度ご覧ください。


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