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2006年9月22日

「出版物・掲載誌」を更新しました
梅原淳が担当した記事が各誌に掲載されております。ぜひ一度ご覧ください。

2006年9月22日

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  • 2006.09.22 Friday
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2006年9月9日

「鉄道よもやま話」を更新しました
「鉄道よもやま話」に「JR東日本の651系は欠陥車両ではない」を追加しました。

2006年9月9日

「鉄道よもやま話」を更新しました
「鉄道よもやま話」に「JR東日本の651系は欠陥車両ではない」を追加しました。
  • 2006.09.09 Saturday
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JR東日本の651系は欠陥車両ではない

航空・鉄道事故調査委員会が出した建議とは

 2006(平成18)年9月6日(水)、国土交通省航空・鉄道事故調査委員会(以下委員会)は2005(平成17)年4月26日(火)にJR東日本常磐線羽鳥(はとり)駅構内(茨城県東茨城郡美野里町、現在は茨城県小美玉市)で発生した踏切障害事故の鉄道事故調査報告書(以下報告書)をまとめ、北側一雄国土交通大臣に提出するとともに一般にも公開した。その内容はhttp://araic.assistmicro.co.jp/araic/railway/report/RA06-4-9.pdfのとおりである。
 報告書の要点を説明しよう。踏切障害事故を起こしたJR東日本の651系特急電車は常用ブレーキ(平常の場合に用いるブレーキの操作及び作動状態の総称。JISE4001番号73007より)のうち、全ブレーキ(最大制動力が得られる常用ブレーキ。JISE4001番号73008より。報告書では常用最大ブレーキと記載されている)を作動させている途中で非常ブレーキ(非常の場合に用いるブレーキの操作及び作動状態の総称。JISE4001番号73009より)に切り替えたところ、減速度が落ち、本来ならば踏切道上に停止していたトレーラーの手前で停止できるはずだったのに衝突してしまったというものだ。
 委員会は報告書のなかで「鉄道車両のブレーキ装置に関する建議」を国土交通大臣に行った。引用させていただこう。
「列車を急きょ停止させなければならない事態が生じた場合に使用される非常ブレーキは、事故防止の観点から可能な限り大きな減速度が得られる必要がある。
 このため、鉄道車両のブレーキ装置について、常用最大ブレーキの後に使用される非常ブレーキの減速度は、常用最大ブレーキの減速度よりも低下しない構造とするよう、所要の措置を講ずること。」(報告書の16ページ)

651系は鉄道運転規則第五十五条の規定どおりに停止できる

 建議の内容が内容だけに大きく報じられ、識者の一部には、このような欠陥車両を走らせているのは言語道断だという旨の評論も見受けられる。本来なら停止可能だったにもかかわらず、そうはならなかったのだし、何よりも多くの方々を傷つけてしまったのだからこの点については弁解の余地はない。ただし、この踏切障害事故発生の原因は車両の欠陥ではなく、筆者は他の要因であると考えている。報告書を読み解いてみよう。
 今回の踏切障害事故はトレーラー(正式にはトラクタ)が踏切道上で脱輪したことが原因である。言うまでもないが、本稿ではトレーラーの過失については一切触れるつもりはない。ここで問題としたいのは踏切道上に障害を生じさせないようにするのではなく、障害が発生した場合の対処法であるからだ。
 鉄道に関する技術上の基準を定める省令(平成十三年十二月二十五日国土交通省令第百五十一号)第九十六条によれば、「列車の制動力は、線路のこう配及び運転速度に応じ、十分な能力を有するものでなければならない。」とある。「十分な能力」がどの程度なのかは鉄道局長が通達した解釈基準を参照しなくてはならないが、ある程度は推測可能だ。それは、この省令に伴って廃止された鉄道運転規則(昭和六十二年三月二日運輸省令第十五号)第五十五条の「非常制動による列車の制動距離は、六百メートル以下としなければならない。」から明らかである。報告書7ページからもJR東日本は651系の制動距離を600m以内とするように設計していた。
 651系の減速度は100km/h以上で毎秒5.2km/h(1.44m/s2)、100km/h未満で毎秒3.8km/h(1.06km/s2)であり、非常ブレーキでも全ブレーキでも同じだという。この電車の最高速度は130km/h(36.11m/s)だから、この速度でブレーキを作動させると、v2-v02=2×as(vは速度、v0は初速度、aは加速度、sは距離)という公式から制動距離は452.75mとなる。危険に気がついてからブレーキを作動させるまでと、実際にブレーキが利き始めるまでには多少のタイムラグを見越しておかなければならない。この時間が仮に3秒だったとしても36.11×3+452.75より561.08mであり、鉄道運転規則の規定内に収まってしまう。
 100km/h未満では減速度が低下しているのが気になる。とはいうものの、仮に99.99km/s(27.78m/s)でブレーキを作動させたとしても制動距離は364.02m、タイムラグをやはり3秒として加えても447.36mとなり、問題はない。
 踏切障害事故時の減速度は100km/h以上で毎秒約4.8km/h(約1.33m/s2)、100km/h未満で設計時とほぼ同じ約3.8km/h(約1.06m/s2)だったそうだ。130km/hでの制動距離は490.20m(3秒のタイムラグを含めると598.53m)である。これらの数値を見る限り、どこに欠陥があるのかはわからないだろう。

減速度は確かに落ちる。でも……

 今回問題となっているのは125km/h(34.72m/s)で全ブレーキを作動させた後、99km/h(27.5m/s)で非常ブレーキを作動させたために減速度に変化が生じてしまった点である。まず、ここで批判を浴びるかもしれない。「非常ブレーキに切り替える必要はなかったのではないか」と。
 結論から言うとこれは誤りである。651系の場合、全ブレーキと非常ブレーキとの減速度は同一だが、その内容は全く異なっているのだ。前者は回生ブレーキ装置(主電動機を発電機として用い,これによって発生した電力を電車線に返す電気ブレーキ装置。JISE4001番号71016より)を用い、25km/h程度まで減速したところで空気ブレーキ装置(空気圧によって作動するブレーキ装置。JISE4001番号71005より)に切り替わる。だが、後者は空気ブレーキ装置(空気圧によって作動するブレーキ装置。JISE4001番号71005より)だけを使用しているのだ。
 回生ブレーキ装置は省エネルギー性に優れ、制輪子(ブレーキシュー)の消費を抑えられるという利点をもつ。そのいっぽうで他に電力を消費してくれる電気車が近くで力行(りっこう)していないと利かなくなるという欠点がある。その際は即座に空気ブレーキ装置に切り替わるのだが、タイムラグが生じてしまう。また、低速域でも利かないからここでも切り替えが生じる。非常時には省エネルギー性や制輪子の摩耗など二の次でとにかく確実に作動する必要があるから、空気ブレーキ装置だけを使用するのだ。
 さて、報告書の19ページをご覧いただきたいのだが、運転士が全ブレーキを作動させたのは日暮里起点85k705m(85.705kmをこのように表記する)地点である。踏切道は86k231m地点にあるから526m手前の地点だ。制動距離を計算すると453.19mなので、そのまま何も操作しなければトレーラーの手前約72.81mの地点に停止できたことになる。
 しかし、651系の運転士は踏切道まであと320mという85k911m地点で危険を感じ、非常ブレーキを作動させた。このときの速度が99km/hだったため、残り320mを約3.8km/h(約1.06m/s2)の減速度で速度を下げざるを得なくなってしまう。この場合の制動距離を計算すると356.72mだから、衝突した後、さらに36.72m突き進むことになる。報告書では「本件列車停止位置」は踏切道から34m先の86k265m地点だったという。トレーラーほどの巨大な物体にぶつかったにもかかわらず、制動距離はわずか2mしか短縮されなかった。列車の運動エネルギーの大きさには驚く。
 全ブレーキと非常ブレーキとを切り替えたとはいえ、理論上、125km/hから停止するまでの制動距離は525.44m。何と0.56m、つまり56cm手前に止まることができる。実際には34.56m余計に走り、560mの距離で停止した。余分な走行距離は全ブレーキ、非常ブレーキ双方を作動させた際のタイムラグと考えられる。

真の原因はどこにあるのか

 ここでご注目いただきたいのは560mという数値だ。もうおわかりのとおり、600mという鉄道運転規則第五十五条の基準を満たしているのである。今回の踏切障害事故でJR東日本は車両に欠陥があると非難を受けたが、当時の運輸省の規定(現在も事実上の基準)どおりに車両を製造し、事故当日もほぼそのとおりに作動するように整備していたので、本来ならば「言いがかり」に近い。
 なぜなら、それにブレーキ装置を作動させる速度で減速度が異なる車両などむしろ当たり前の存在だからだ。報道では651系と同じシステムの車両は他の4鉄道事業者に約2000両在籍するとして問題視していたが、実際にはそのような数ではとても済まない。
 たとえば、この2000両には明らかに含まれていない車両に東海道・山陽新幹線の主力であるJR東海とJR西日本とに1328両が在籍する700系新幹線電車がある。700系の場合、270km/h(75m/s)時の減速度は全ブレーキで1.35km/h/s(0.38m/s2)、非常ブレーキで1.89km/h/s(0.53m/s2)、緊急ブレーキで2.2km/h/s(0.61m/s2)だという。ところが、図のとおり、速度に応じてそれぞれのブレーキの減速度は変化していく。おおよそ220km/h〜180km/hと190km/h〜0km/hでは最も減速度の高いブレーキは非常ブレーキとなる。

図 700系の減速度

上野雅之、赤司博人、「700系新幹線電車(量産先行試作車)の概要(2)」、「R&M(Rolling stock & machinery)」1997年12月号、日本鉄道車両機械技術協会、P19より転載。B7は全ブレーキ、EBは非常ブレーキ、UBは緊急ブレーキである。

 では700系を急きょ停止させなければならないときに、運転士は非常ブレーキと緊急ブレーキとを使い分けているのかというとそのようなことはない。常に非常ブレーキを用いている。というのも、緊急ブレーキとは連結器が破損して列車が分離したといった車両の異常事態発生時に自動的に作動するか、あるいは車掌が危険を感じて作動させるものであり、車輪が滑走して制動距離が延びようがとにかく作動することが重要なのだ。これに対し、非常ブレーキの減速度は必ずしも700系のブレーキ中最大ではないが、制動距離は最短となるように設定されている。これはさまざまな試験走行の結果、導き出されたものだ。
 同様のことが651系にも言える。減速度が2段階設けられている理由として、JR東日本は「車輪滑走傷(フラット)を過度に発生させないため」(報告書の10ページ)と語ったという。100km/h未満で4.8km/h/sの減速度で止まるようにすると滑走が発生し、車輪に傷が付くと言っているのだ。つまり、今回の踏切障害事故でも仮に4.8km/h/sの減速度のまま速度を下げても、ある程度の速度で滑走が起こり、かえって制動距離が延びた可能性もある。委員会は筆者のような素人よりもはるかに鉄道車両について詳しいはずなのだが、なぜか減速度だけにとらわれてしまった。本来ならば「鉄道車両のブレーキ装置に関する建議」は次のようにすべきだっただろう。

 列車を急きょ停止させなければならない事態が生じた場合に使用される非常ブレーキは、事故防止の観点から可能な限り短い制動距離で停止できるようにする必要がある。
 このため、鉄道車両のブレーキ装置について、常用最大ブレーキの後に非常ブレーキを作動させたとしても、常用最大ブレーキを使用したときだけの制動距離よりも長くならないような構造とするよう、所要の措置を講ずること。

 今回の踏切障害事故の原因は車両にはない。その原因は、特殊信号発光機が停止を現示しているにもかかわらず、車両の非常ブレーキが自動的に作動しなかったからである。少々長くなってしまったので、この件については改めて考察してみよう。

2006年8月12日

「鉄道ジャーナリストの日常」を更新しました
「鉄道ジャーナリストの日常」に「鉄道の見方」を追加しました。

2006年8月12日

「鉄道ジャーナリストの日常」を更新しました
「鉄道ジャーナリストの日常」に「鉄道の見方」を追加しました。
  • 2006.08.12 Saturday
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鉄道の見方

『源氏物語』はポルノグラフィーか、それとも不朽の名作か

 2000(平成12)年の夏ごろ、タレントの永六輔氏の講演を聴く機会があった。開口一番、永氏はこのころ発行になったばかり(正確には2000年7月19日)の二千円札への批判を繰り広げる。次のような内容だったと思う。
「二千円札の裏面には光源氏が描かれています。外国人の知り合いが言うには、『何でこの人をお札にあしらったのかな』ってね。『光源氏といえばポルノグラフィーの主人公じゃないですか』。その話を聞いて思いました。二千円札の発行を決めた政治家や役人がいかに『源氏物語』を読んでいないかってね。」
 確かに『源氏物語』の内容は外国の方の言うとおりかもしれないし、永氏の指摘どおり、二千円札の関係者すべてがこの物語を読破してはいないだろう。筆者自身、読書の途中で投げ出した手前、偉そうなことは言えないが、性的な描写の有無にかかわらず、『源氏物語』が不朽の名作であることに異論はない。永氏の批判の趣旨は理解できるものの、あまりスマートな物言いではないと感じたものだ。
 鉄道についての駄文を記すようになって以来、このときの講演の内容がなぜか何度も思い起こされるようになった。だれもが当たり前と思っていることについて、わざわざ無粋な見方をするとどうなるかと考えるようになったからである。具体的な例を挙げてみよう。

『銀河鉄道の夜』に記された「銀河鉄道」の真の意味

 盛岡市の盛岡駅と青森県三戸郡三戸町の目時駅との間の82.0kmにはいわて銀河鉄道線という名の路線が敷かれている。列車を運行するのはアイジーアールいわて銀河鉄道(以下IGBいわて銀河鉄道)だ。ここは2002(平成14)年11月30日(土)まではJR東日本の東北線だった。翌12月1日(日)に東北新幹線盛岡-八戸間が開業したため、第三セクターの鉄道会社として再出発を切っている。
 路線名や社名に付けられている「銀河鉄道」とは、明らかに岩手県出身の巨人、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』にちなんで付けられたものだろう。この4文字からは宇宙的な広がりが感じられ、賢治の巨大な才能にはただただ驚くばかりだ。しかし、実際に『銀河鉄道の夜』を読むと、「銀河鉄道」とは死者を乗せてあの世へと向かう葬送列車の走る鉄道路線だとわかる。となると、この言葉は心地よい響きから一転して忌み嫌うべき存在へと変わってしまう。
 この件についてIGRいわて銀河鉄道に質問してみようと考えたことがあるが、さすがに思いとどまった。「銀河鉄道」という言葉から受ける快いイメージは、『銀河鉄道の夜』での用法に左右されることもないと考えたからだ。作者の賢治自身もこの物語を単なる悲しい話として終わらせたくないため、「銀河鉄道」という美しい言葉を創造したのかもしれない。

かつて「ヒトデ」とも読める急行列車が活躍していた

 もう一つの無粋な例は「海星」という国鉄の列車名だ。「かいせい」と読むこの寝台急行列車は、1965(昭和40)年10月1日(金)からちょうど2年間、新大阪-博多間に運転された。活躍していた期間は短かったものの、1967(昭和42)年10月1日(日)に581系寝台特急電車を用いた寝台特急列車の「月光」に格上げされたため、鉄道史に名を残している。
 ところで、この熟語にはもう一つの読み方がある。「ひとで」、そう海の生物であるヒトデだ。ヒトデには失礼かもしれないが、列車名としてふさわしいかどうかは疑問だ。しかし、「ひとで」という読み方があるとしても、「かいせい」と発音する「海星」がイメージする「海上にきらめく満天の星」の美しさに変わりはない。

 「銀河鉄道」が葬送列車の走る路線を意味するとか、「海星」を「ひとで」と読めるからと言って、IGRいわて銀河鉄道や寝台急行列車の存在意義にまで疑問を呈するのは無粋の極みだろう。とはいえ、これらについて記す際にはこのような見方もできるということを認識しておく必要がある。そうでないと、深みのある文章にはならないと思うからだ。
 もちろん、無粋な見方だけではやはり文章に深みは出ない。ある一つの対象について一面的なものの見方をしてはいけないのだ。筆者の力では原稿にどこまで反映されているのかはなはだ疑問だが、とにかくそのように心がけて取り組んでいる。

2006年8月5日

「鉄道よもやま話」を更新しました
「鉄道よもやま話」に「復旧によって判明した羽越線の厳しい現実」を追加しました。

2006年8月5日

「鉄道よもやま話」を更新しました
「鉄道よもやま話」に「復旧によって判明した羽越線の厳しい現実」を追加しました。
  • 2006.08.05 Saturday
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