HOME > 記事のINDEX
<< 5/5

JR東日本の651系は欠陥車両ではない

航空・鉄道事故調査委員会が出した建議とは

 2006(平成18)年9月6日(水)、国土交通省航空・鉄道事故調査委員会(以下委員会)は2005(平成17)年4月26日(火)にJR東日本常磐線羽鳥(はとり)駅構内(茨城県東茨城郡美野里町、現在は茨城県小美玉市)で発生した踏切障害事故の鉄道事故調査報告書(以下報告書)をまとめ、北側一雄国土交通大臣に提出するとともに一般にも公開した。その内容はhttp://araic.assistmicro.co.jp/araic/railway/report/RA06-4-9.pdfのとおりである。
 報告書の要点を説明しよう。踏切障害事故を起こしたJR東日本の651系特急電車は常用ブレーキ(平常の場合に用いるブレーキの操作及び作動状態の総称。JISE4001番号73007より)のうち、全ブレーキ(最大制動力が得られる常用ブレーキ。JISE4001番号73008より。報告書では常用最大ブレーキと記載されている)を作動させている途中で非常ブレーキ(非常の場合に用いるブレーキの操作及び作動状態の総称。JISE4001番号73009より)に切り替えたところ、減速度が落ち、本来ならば踏切道上に停止していたトレーラーの手前で停止できるはずだったのに衝突してしまったというものだ。
 委員会は報告書のなかで「鉄道車両のブレーキ装置に関する建議」を国土交通大臣に行った。引用させていただこう。
「列車を急きょ停止させなければならない事態が生じた場合に使用される非常ブレーキは、事故防止の観点から可能な限り大きな減速度が得られる必要がある。
 このため、鉄道車両のブレーキ装置について、常用最大ブレーキの後に使用される非常ブレーキの減速度は、常用最大ブレーキの減速度よりも低下しない構造とするよう、所要の措置を講ずること。」(報告書の16ページ)

651系は鉄道運転規則第五十五条の規定どおりに停止できる

 建議の内容が内容だけに大きく報じられ、識者の一部には、このような欠陥車両を走らせているのは言語道断だという旨の評論も見受けられる。本来なら停止可能だったにもかかわらず、そうはならなかったのだし、何よりも多くの方々を傷つけてしまったのだからこの点については弁解の余地はない。ただし、この踏切障害事故発生の原因は車両の欠陥ではなく、筆者は他の要因であると考えている。報告書を読み解いてみよう。
 今回の踏切障害事故はトレーラー(正式にはトラクタ)が踏切道上で脱輪したことが原因である。言うまでもないが、本稿ではトレーラーの過失については一切触れるつもりはない。ここで問題としたいのは踏切道上に障害を生じさせないようにするのではなく、障害が発生した場合の対処法であるからだ。
 鉄道に関する技術上の基準を定める省令(平成十三年十二月二十五日国土交通省令第百五十一号)第九十六条によれば、「列車の制動力は、線路のこう配及び運転速度に応じ、十分な能力を有するものでなければならない。」とある。「十分な能力」がどの程度なのかは鉄道局長が通達した解釈基準を参照しなくてはならないが、ある程度は推測可能だ。それは、この省令に伴って廃止された鉄道運転規則(昭和六十二年三月二日運輸省令第十五号)第五十五条の「非常制動による列車の制動距離は、六百メートル以下としなければならない。」から明らかである。報告書7ページからもJR東日本は651系の制動距離を600m以内とするように設計していた。
 651系の減速度は100km/h以上で毎秒5.2km/h(1.44m/s2)、100km/h未満で毎秒3.8km/h(1.06km/s2)であり、非常ブレーキでも全ブレーキでも同じだという。この電車の最高速度は130km/h(36.11m/s)だから、この速度でブレーキを作動させると、v2-v02=2×as(vは速度、v0は初速度、aは加速度、sは距離)という公式から制動距離は452.75mとなる。危険に気がついてからブレーキを作動させるまでと、実際にブレーキが利き始めるまでには多少のタイムラグを見越しておかなければならない。この時間が仮に3秒だったとしても36.11×3+452.75より561.08mであり、鉄道運転規則の規定内に収まってしまう。
 100km/h未満では減速度が低下しているのが気になる。とはいうものの、仮に99.99km/s(27.78m/s)でブレーキを作動させたとしても制動距離は364.02m、タイムラグをやはり3秒として加えても447.36mとなり、問題はない。
 踏切障害事故時の減速度は100km/h以上で毎秒約4.8km/h(約1.33m/s2)、100km/h未満で設計時とほぼ同じ約3.8km/h(約1.06m/s2)だったそうだ。130km/hでの制動距離は490.20m(3秒のタイムラグを含めると598.53m)である。これらの数値を見る限り、どこに欠陥があるのかはわからないだろう。

減速度は確かに落ちる。でも……

 今回問題となっているのは125km/h(34.72m/s)で全ブレーキを作動させた後、99km/h(27.5m/s)で非常ブレーキを作動させたために減速度に変化が生じてしまった点である。まず、ここで批判を浴びるかもしれない。「非常ブレーキに切り替える必要はなかったのではないか」と。
 結論から言うとこれは誤りである。651系の場合、全ブレーキと非常ブレーキとの減速度は同一だが、その内容は全く異なっているのだ。前者は回生ブレーキ装置(主電動機を発電機として用い,これによって発生した電力を電車線に返す電気ブレーキ装置。JISE4001番号71016より)を用い、25km/h程度まで減速したところで空気ブレーキ装置(空気圧によって作動するブレーキ装置。JISE4001番号71005より)に切り替わる。だが、後者は空気ブレーキ装置(空気圧によって作動するブレーキ装置。JISE4001番号71005より)だけを使用しているのだ。
 回生ブレーキ装置は省エネルギー性に優れ、制輪子(ブレーキシュー)の消費を抑えられるという利点をもつ。そのいっぽうで他に電力を消費してくれる電気車が近くで力行(りっこう)していないと利かなくなるという欠点がある。その際は即座に空気ブレーキ装置に切り替わるのだが、タイムラグが生じてしまう。また、低速域でも利かないからここでも切り替えが生じる。非常時には省エネルギー性や制輪子の摩耗など二の次でとにかく確実に作動する必要があるから、空気ブレーキ装置だけを使用するのだ。
 さて、報告書の19ページをご覧いただきたいのだが、運転士が全ブレーキを作動させたのは日暮里起点85k705m(85.705kmをこのように表記する)地点である。踏切道は86k231m地点にあるから526m手前の地点だ。制動距離を計算すると453.19mなので、そのまま何も操作しなければトレーラーの手前約72.81mの地点に停止できたことになる。
 しかし、651系の運転士は踏切道まであと320mという85k911m地点で危険を感じ、非常ブレーキを作動させた。このときの速度が99km/hだったため、残り320mを約3.8km/h(約1.06m/s2)の減速度で速度を下げざるを得なくなってしまう。この場合の制動距離を計算すると356.72mだから、衝突した後、さらに36.72m突き進むことになる。報告書では「本件列車停止位置」は踏切道から34m先の86k265m地点だったという。トレーラーほどの巨大な物体にぶつかったにもかかわらず、制動距離はわずか2mしか短縮されなかった。列車の運動エネルギーの大きさには驚く。
 全ブレーキと非常ブレーキとを切り替えたとはいえ、理論上、125km/hから停止するまでの制動距離は525.44m。何と0.56m、つまり56cm手前に止まることができる。実際には34.56m余計に走り、560mの距離で停止した。余分な走行距離は全ブレーキ、非常ブレーキ双方を作動させた際のタイムラグと考えられる。

真の原因はどこにあるのか

 ここでご注目いただきたいのは560mという数値だ。もうおわかりのとおり、600mという鉄道運転規則第五十五条の基準を満たしているのである。今回の踏切障害事故でJR東日本は車両に欠陥があると非難を受けたが、当時の運輸省の規定(現在も事実上の基準)どおりに車両を製造し、事故当日もほぼそのとおりに作動するように整備していたので、本来ならば「言いがかり」に近い。
 なぜなら、それにブレーキ装置を作動させる速度で減速度が異なる車両などむしろ当たり前の存在だからだ。報道では651系と同じシステムの車両は他の4鉄道事業者に約2000両在籍するとして問題視していたが、実際にはそのような数ではとても済まない。
 たとえば、この2000両には明らかに含まれていない車両に東海道・山陽新幹線の主力であるJR東海とJR西日本とに1328両が在籍する700系新幹線電車がある。700系の場合、270km/h(75m/s)時の減速度は全ブレーキで1.35km/h/s(0.38m/s2)、非常ブレーキで1.89km/h/s(0.53m/s2)、緊急ブレーキで2.2km/h/s(0.61m/s2)だという。ところが、図のとおり、速度に応じてそれぞれのブレーキの減速度は変化していく。おおよそ220km/h〜180km/hと190km/h〜0km/hでは最も減速度の高いブレーキは非常ブレーキとなる。

図 700系の減速度

上野雅之、赤司博人、「700系新幹線電車(量産先行試作車)の概要(2)」、「R&M(Rolling stock & machinery)」1997年12月号、日本鉄道車両機械技術協会、P19より転載。B7は全ブレーキ、EBは非常ブレーキ、UBは緊急ブレーキである。

 では700系を急きょ停止させなければならないときに、運転士は非常ブレーキと緊急ブレーキとを使い分けているのかというとそのようなことはない。常に非常ブレーキを用いている。というのも、緊急ブレーキとは連結器が破損して列車が分離したといった車両の異常事態発生時に自動的に作動するか、あるいは車掌が危険を感じて作動させるものであり、車輪が滑走して制動距離が延びようがとにかく作動することが重要なのだ。これに対し、非常ブレーキの減速度は必ずしも700系のブレーキ中最大ではないが、制動距離は最短となるように設定されている。これはさまざまな試験走行の結果、導き出されたものだ。
 同様のことが651系にも言える。減速度が2段階設けられている理由として、JR東日本は「車輪滑走傷(フラット)を過度に発生させないため」(報告書の10ページ)と語ったという。100km/h未満で4.8km/h/sの減速度で止まるようにすると滑走が発生し、車輪に傷が付くと言っているのだ。つまり、今回の踏切障害事故でも仮に4.8km/h/sの減速度のまま速度を下げても、ある程度の速度で滑走が起こり、かえって制動距離が延びた可能性もある。委員会は筆者のような素人よりもはるかに鉄道車両について詳しいはずなのだが、なぜか減速度だけにとらわれてしまった。本来ならば「鉄道車両のブレーキ装置に関する建議」は次のようにすべきだっただろう。

 列車を急きょ停止させなければならない事態が生じた場合に使用される非常ブレーキは、事故防止の観点から可能な限り短い制動距離で停止できるようにする必要がある。
 このため、鉄道車両のブレーキ装置について、常用最大ブレーキの後に非常ブレーキを作動させたとしても、常用最大ブレーキを使用したときだけの制動距離よりも長くならないような構造とするよう、所要の措置を講ずること。

 今回の踏切障害事故の原因は車両にはない。その原因は、特殊信号発光機が停止を現示しているにもかかわらず、車両の非常ブレーキが自動的に作動しなかったからである。少々長くなってしまったので、この件については改めて考察してみよう。

復旧によって判明した羽越線の厳しい現実

この夏、豪雨で各地のJR線が相次いで不通に

 梅雨末期に見舞われた豪雨によって各線は大きな被害を受けた。2006(平成18)年8月5日(土)現在、JR線は東日本中央線岡谷-辰野間、羽越線鼠ケ関-あつみ温泉駅間、JR西日本芸備線備後落合-備後西城間、三江線三次-江津間(全線)が不通となっている。
 このうち、羽越線は8月9日(水)16時ごろから、中央線は8月8日(火)の初列車から運転を再開する見込みだ。しかし、芸備線と三江線の開通の見通しは立たず、運転再開まで相当な期間を要するという。詳しい状況は不明だが、一日も早い運転再開を祈りたい。
 さて、今回の「鉄道よもやま話」で取り上げたいのは羽越線である。まずはこの路線の被災状況から見ていこう。
 2006(平成18)年7月13日(木)の20時10分ごろ、山形県鶴岡市小岩川で土砂崩れが発生。小岩川(こいわがわ)-あつみ温泉間の線路のうち、およそ50mが高さ10mほどもある土砂に覆われてしまった。
 災害発生時に列車は通っていなかったため、幸いにもけが人は出ていない。しかし、定刻では新潟18時43分発、酒田20時58分着の特急「いなほ11号」が小岩川駅の2駅手前の府屋(ふや)駅を20時05分に発車していたはずだ。現場の通過時刻は20時15分ごろと推測されるため、まさに間一髪で難を逃れたと言えるだろう。
 土砂崩れ発生とともに羽越線鼠ケ関(ねずがせき)-あつみ温泉間は不通となる。今回の土砂崩れでは羽越線のすぐ西側を通る国道7号も土砂に埋まったため、当初は代行バスを運転することもできなかった。7月28日(金)になってようやく国道7号が全面復旧したため、鼠ケ関駅とあつみ温泉駅とを結ぶ代行バスが走り始めている。

羽越線とはどのような路線なのか

 新津と秋田との間の271.7kmを結ぶこの路線はJR東日本が第一種鉄道事業者であり、JR貨物が第二種鉄道事業者だ。「JR時刻表」には「羽越本線」という立派な名で掲載されており、「さくいん地図」によれば幹線として扱われている。
 ところが、実際の羽越線は幹線と呼ぶにはやや寂しい状況だ。今回不通となっている区間に運転されている定期列車は1日に上下33本ずつ。内訳は旅客列車が上下21本ずつ(特急列車は11本ずつ)、貨物列車が上下12本ずつ(下り2本は日曜日運休、上り1本は日曜日運休、上り1本は月曜日運休)である。
 『平成15年度 鉄道統計年報』(国土交通省鉄道局監修、政府資料等普及調査会、2005年3月)の638〜639ページに掲載されている「(24)JR旅客会社運輸成績表(延日キロ、人キロ、平均数)によれば、羽越線の旅客輸送密度は4054人だ。JR東日本の他の路線でいうと左沢(あてらざわ)線(北山形-左沢間24.3km)とほぼ同じで、JR各社の路線の数値としてはJR東海の高山線(岐阜-猪谷間189.2km、猪谷-富山間36.6kmはJR西日本)の4036人が最も近い。いま挙げた左沢線も高山線も幹線と比べて運賃の高い地方交通線である。
 東北新幹線の開業で東北線の盛岡-目時間82.0kmがIGRいわて銀河鉄道へと転換された。同社の旅客輸送密度は3917人だから、この路線とほぼ同等と考えてもよいだろう。
 貨物輸送の状況は不明だ。ただし、1日12往復の貨物列車が運転されている路線はそう多くはない。イメージしづらい比較で恐縮だが、中央線国立-竜王間で11往復だから、JR貨物にとって重要な路線であることは確かだ。
 土砂崩れの起きた小岩川-あつみ温泉間4.4kmは単線区間だが、その前後の区間である府屋-小岩川間9.5km(途中に鼠ケ関駅がある)とあつみ温泉-羽前大山間23.6km(途中、五十川、小波渡、三瀬、羽前水沢の4駅がある)は複線区間である。このうち、鼠ケ関-小岩川間は1969(昭和44)年9月19日(金)に、あつみ温泉-五十川間が1970(昭和45)年9月29日(火)にそれぞれ複線化された。つまり、今回土砂崩れが起きた区間はその両端がすでに複線化されたにもかかわらず、約36年間もの間、単線のまま取り残されてきたのである。
 小岩川-あつみ温泉間は急曲線の続く区間だ。小岩川駅を出ると半径600mの左カーブに始まり、半径402mの曲線が右、左、右、左、右、左、右と7回も連続し、半径805mと同402mの左カーブを経てようやくあつみ温泉駅となる。
 海岸線に近いこともあり、勾配はそれほどきつくはない。それでも、小岩川駅すぐには10‰の上り坂があり、続いて5‰の下り、3.3‰で上り、10‰と3.8‰の下り、ようやく平坦となったのもつかの間、7.6‰、3.3‰、2.3‰の上りであつみ温泉駅に着く。

抜本的な改良策とは新しい複線を敷設すること

 JR東日本は今回土砂崩れの発生した法面(のりめん。切り取り、盛り土などでできた人工的な斜面を指す。この場所は切り取りによってつくられた)には以前から亀裂が入っているとして改修計画を立てていたという。しかし、抜本的な改良策は法面の補強ではなく、もちろん新線の建設である。つまり、内陸側に長大なトンネルを掘り、複線化と急曲線の解消とを併せて実施すべきだったのだ。JR東日本も、そして単線区間のまま残した国鉄もそれはわかっていたのだろう。だが、投資に見合った効果が得られるのかは疑問符が付けられていたため、現在までこのままの状態で残されてきたのだ。
 大ざっぱな算出だが、筆者は小岩川-あつみ温泉間の複線化と路線改良とには少なくとも200億円は必要だと見ている。この金額を何年で回収できるのかはわからない。地元がいくらか負担してくれるかもしれないが、財政難の折、折り合いが付くのかどうかも不明だ。
 かくして8月9日16時以降、羽越線小岩川-あつみ温泉間の列車は再び従来の線路を走り出す。鉄道旅行に関する出版物に携わる人の中には車窓から日本海が見えると喜ぶ人もいるかもしれないし、いっぽうでは抜本的な改良の可能性が消えたと落胆する人もいるだろう。とにかく今回の復旧の方策を見て、改めて残酷な事実が示された。それは「羽越線はあまり儲かっていない」という点である。

参考文献
日本国有鉄道編、『日本国有鉄道百年史 索引・便覧』、日本国有鉄道、1974年
宮脇俊三、原田勝正編、『日本鉄道名所 勾配・曲線の旅2』、小学館、1986年12月

JR西日本考

不愉快なニュースが全国に発信される

 見出しを見たり聞いたりするだけで憂鬱な気分となるニュースの多い昨今、鉄道界にも心が暗くなるニュースが駆けめぐった。すでにご存じのことと思うが、2006(平成18)年7月27日(木)午後に報じられたJR西日本に関するニュースである。
 同社は7月29日(土)と30日(日)の両日、2005(平成17)年4月25日(月)に発生した福知山線での脱線転覆事故の報告会の開催を計画した。その際、示談が成立した負傷者数十人には開催を告知しなかったというのだ。
 多くの皆様はここまで聞いて、もうそのニュースの詳細を見るのも聞くのも嫌になったのではないだろうか。筆者もその一人である。
 悪いことに、29日に開催された説明会では事故の責任を取って辞任した幹部が子会社の幹部に就任したことをめぐって紛糾した。JR西日本は人事についてすでに決定した事項であるために変えられないと理解を求めるものの、負傷者や遺族には納得できるはずもない。この数日間を出来事を振り返ると、JR西日本は一体何を考えているのかとだれもが感じられたに違いない。
 29日晩、本ホームページの読者の方からメールをいただいた。その方もやはりJR西日本の対応について気に病んでおられるようだ。暗い話題は忘れてしまいたいのはやまやまだが、ここでJR西日本について考えてみることとしたい。

破滅は願わない。だが時期尚早ではないだろうか

 順序は逆だが、まずはJR西日本の不可解な人事について述べることとする。非常に乱暴な言い方ではあるが、究極的には辞任した幹部たちの生活を支援するためだろう。筆者は、責任のある立場の人間には責任を取ってほしいとは思うものの、人生の破滅までは願わない。したがって、どこかで折り合いを付けなければならないが、いまの段階では端から見ても転出は早すぎるように感じられる。
 とはいうものの、たとえ3年あるいは5年という間を置いて職務に復帰しても必ず非難されることだろう。これは仕方がない。これもすべてはJR西日本が取り返しのつかない大事故を起こしてしまったからだ。それでも、大多数の負傷者や遺族の皆様が「もうよい」と感じられる時期がいつか到来するはずだ。その日まで待つべきだし、幹部になる際にはそのような責任をあることを自覚したうえで就任するべきだっただろう。

何を言っても行っても非難される。それは加害者の宿命

 さて、示談の成立した負傷者には報告会の日程すら伝えなかったという点については少々入り組んだ事情が存在する。JR西日本が一方的に告知を打ち切ったのであれば、同社には弁解の余地もない。米国の航空会社の事例でも参考にした結果、あまりよい意味で用いられることのない「グローバリゼーション」とやらに毒されたのかとあきれてしまうのがせいぜいのところだ。
 ところが、事実はそうではない。示談が成立した負傷者に対し、JR西日本は今後報告会等の日程を伝えてよいかどうかの意思確認を行い、もう二度と同社とかかわりたくないので連絡不要と答えた方々に対してだけ告知しなかったというのだ。
 となるとJR西日本にも同情すべき点もあるが、実際のところ意思確認は徹底していなかったという。「連絡 要 不要 どちらかに○を付けてください」という主旨のアンケートを取ったのではなく、交渉で発せられた言葉のニュアンスから判断したのだろう。
 アンケートを取れば強要しているようだと非難され、遠回しな言い方で意思を確認すればはっきり聞くべきだとたたかれる。そもそも、全員に報告会等の開催を伝えれば、もう二度とかかわりたくないのにと怒りをぶつけられ、かといって連絡しなければ何とも非情な会社だとなってしまう。JR西日本にとってはほとほと損な役割だし、少しでも円滑に事を進めたいという気持ちは理解できる。
 これまた繰り返しなのだが、何をやっても非難や怒りの矛先をぶつけられるのだと考えるほかない。どうあっても取り返しのつかないことをしてしまった張本人はまぎれもなくJR西日本自身だからだ。

 今回、JR西日本をめぐる一連の騒動で再認識したことがある。それはつらい事実に目を背けてはいけないという点だ。もちろん、皆様に嫌な思いを強いるつもりは全くない。そうではなく、鉄道について他の人に説明しなくてはならない筆者のような立場の人間が逃げてしまったことについての反省なのだ。
 こうしたことを見るにつけ聞くにつけ、鉄道は夢の世界を走るテーマパークの乗り物ではないのだと思う。鉄道は社会の一員であり、現実の世界を成り立たせる一要素である。したがって、社会の問題点はすべて鉄道にも投影されているのだ。だからといって未来は暗いのかというとそうでもない。現実の世界がお先真っ暗ではないのと同様、鉄道にも光は射している。ただし、そこに至る道のりは長く険しい。少々、観念的に過ぎるのかもしれないが、いま本当にそのことを痛感する。

車両とホームとの接触の謎を探る

不可解な事態

 6月22日(木)午前7時19分ごろ、東京急行電鉄(以下東急)田園都市線の用賀駅を通過中の列車の車両の一部がホームに接触する事態が発生した。接触したのは中央林間発、清澄白河(きよすみしらかわ)行きの急行列車。東京地下鉄の8000系(番号不詳)10両編成が75km/hで走行中に前から2・5・8・9両目の左側の車端部の6カ所が接触したのだという。急行列車には1424人の定員に対して2.1倍もの約3000人の利用客が乗っていたが、けが人が一人も発生しなかったのは幸いだった。
 東急は用賀駅の線路とホームとの間隔を、東京地下鉄は車両をそれぞれ点検したものの、異常は見つからなかったという。差し当たり、用賀駅を通過する際には速度を75km/hから50km/hに落として運転している。
 事態はこれだけでは済まなかった。6月28日(水)、東急が田園都市線用として保有する10両編成45本のうち12本に何かに接触した痕跡が発見されている。痕跡は6月22日に発生したものとは反対側、中央林間から渋谷に向かう列車の場合、進行方向右側だった。
 東急は用賀駅同様、該当する駅のホーム、そして全車両の点検を実施したというが、やはり何の異常も発見できなかったそうだ。結局、これまた用賀駅同様、該当の駅では通過速度を落とし、ホームに監視員を配置して万全を期すこととした。
 今回の「鉄道よもやま話」では接触した場所がはっきりしている用賀駅に絞って調査を試みたのでその結果を報告しよう。ただし、ここでお断りがある。ホームの状態を可能な限り調べたものの、異常を見つけることはできなかった。いっぽう、東急、東京地下鉄とも車両が原因ではないとしている点が疑わしいが、これまで接触した事実はないようなので、両社の言い分も妥当だと思われる。結局、接触した事実だけは厳然と存在するにもかかわらず、原因はホームにも車両にもなく、筆者には推論を立てることすらできない点をご了承いただきたい。
 なお、調査に際してはかつて新玉川線と呼ばれていた渋谷-二子玉川間の概要を記した『新玉川線建設史』(東京急行電鉄編、東京急行電鉄、1980年8月)を参照した。用賀駅を訪れたのは7月4日(火)の午後だ。

用賀駅上りホームのあらまし

 渋谷方面に向かう列車から見ると、用賀駅は右曲線(曲線半径は502.025m)の途中に設けられていることがよくわかる。用賀駅上り線の位置関係と曲線の状況は表1と表2のとおりだ。





 表中の鉄道用語をJISの定義を引用して解説しておこう。緩和曲線とは「直線と曲線との間などに設けられ,半径,カント,スラックが連続的に変化する曲線。」(JISE1001の番号121)、カントとは「曲線部における,外側レールと内側レールとの高低差。」(同番号117)、スラックとは「曲線部において軌間を拡大する量。」(同番号118)である。なお、曲線標を見たところ、用賀駅の曲線のカントは45mm、スラックは0mmだった。
 用賀駅上りホームはすべて5‰(パーミル)の上り勾配の途中に設けられている。「‰」とは千分率を指し、5‰ならば1000m進むと高低差が5m生じることを表す。身近な数値に置き換えると、用賀駅の勾配は1m当たり5mm上ることとなる。
 東急は渋谷-二子玉川間の線路を建設する際、直線区間ではホームの縁から軌道中心までの距離を1460mmとした。この数値は実際の建築限界(この範囲の内側に建造物をつくってはいけないという指標)の1450mmに10mmの余裕を加えた数値だ。ちなみに、軌道中心とは2本のレールの中間を意味し、田園都市線の軌間(レールの内側からもう片方のレールの内側までの距離)は1067mmである。
 田園都市線を走行する車両の幅は東急、東京地下鉄、東武鉄道ともすべて2780mmだ。したがって、(1460×2-2780)÷2から車両とホームとの間のすき間は70mmとなる。
 用賀駅は曲線区間に設けられているため、この基準を変更しなければならない。曲線上を直線の車体が走行するため、曲線の外側と内側とにそれぞれ車体がはみ出す。これを偏倚(へんい)という。具体的には台車と台車との間にある車体は曲線の内側にはみ出し、台車から車端部までの間にある車体は曲線の外側にはみ出す。この分を考慮しないとホームに車両が接触する事態を招く。
 東急は偏倚量(mm)を24000÷曲線半径(m)で求められると公表している。用賀駅上り線の場合、24000÷502.025=47.81mmだ。
 詳細な求め方は東日本旅客鉄道が発行している「JR EAST Technical Review」No.1-Autumnに掲載された「AC Trainにおける連接構造の採用」(島宗亮平、菊地隆寛、野元浩、大澤光行)の42ページ〜43ページが参考になる。http://www.jreast.co.jp/development/tech/pdf_1/38-45.pdfでも閲覧可能だ。
 これらの数式に基づいて計算してみよう。接触した東京地下鉄8000系は固定軸炬距離(L0)が2200mm、台車中心間距離(L1)が13800mm、車体長(L2)が19500mm、車体幅(B)が2780mmであるため、曲線内方への偏り(W1)は52.24mm、曲線外方への偏り(W2)は42.18mmだ。
 用賀駅のように曲線の外側にホームがあるような駅の場合、東急はホームの縁から軌道中心までの距離を次のような式に基づいて算出している(図1)。ホームの縁から軌道中心までの距離(De)=1460-カントによる外側偏倚量(qex)-偏倚量(Pe)(東京急行電鉄編、『新玉川線建設史』、東京急行電鉄、1980年8月、P200)。

図1

出典:東京急行電鉄編、『新玉川線建設史』、東京急行電鉄、1980年8月、P201

 実はこの計算式は誤っている。というのも、車端部は外側にはみ出すので偏倚量を減じてしまってはホームに車両が接触してしまうのだ。正しい数式はDe=1460-qex+Peだ。
 先に挙げたように用賀駅のカントは45mm、スラックは0mmだから、qexは44.54mm。qexは図1から長辺が1983.5mm、短辺が1100mmの長方形が2.41度傾くものとして求めることができた。したがって、ホームの縁から軌道中心までの距離は1462.64mmとなる。PeをJR東日本流のより正確な数値に置き換えれば1457.64mmだ。これで直線区間と同様、車両とホームとの間のすき間を70mmとすることができる。
 なお、カントによって車体の外側が持ち上げられるため、ホームの高さもその分上げておかなければ乗り降りしにくい。東急は渋谷-二子玉川間の直線区間にある駅のホームの高さを1090mmとしている。曲線の外側にホームを設ける場合の指標は図1のとおり。1090mmにqeyを加えるとしている。qeyはqexと同時に求めることができ、こちらは82.43mmだ。ということは用賀駅のホームの高さは1172.43mmあればよいことになる。

用賀駅はいま……

 接触発生後、東急は用賀駅の点検を実施したという。実際に訪れてみるとその痕跡が生々しく残っていた。ホームや軌道のあちらこちらに測定値がチョークで記されていたのだ。
 写真1をご覧いただきたい。先頭から5両目の車端部が停車する付近の軌道のもので、白色と黄色のチョークでそれぞれ似通った測定値が記入されていた。少なくとも2回は測定したものと考えられる。

写真1


 白色のチョークに着目してみよう。写真右から「1466」「1121」「ス43」、左側に「H=1164」とある。恐らく、「1466」とはホームの縁から軌道中心までの距離、「H=1164」とはホームの高さだろう。事前の調査でそれぞれ1462.64mm、1172.43mmとしたが、どちらも計算値よりもさらに余裕をもたせていることが判明する。
 問題は「1121」「ス43」という2つの数値だ。全くの推測ではあるが、車両がホームに最も接近するときの軌条面からの高さと、その際に生じるホームとのすき間を示しているのではないだろうか。この推測が正しければ、ホーム上から43mm低い1121mmの位置では車両とホームとのすき間は43mmだ。
 図1からもわかるように、ホーム上では車両とのすき間の最小値は70mmであるものの、カントの影響で車両はさらにホーム側に接近する。この数値を重視しているところをみると、車両のすそ部がホームの下側に接触したと東急は考えているのだろう。写真1を撮影した地点で停車する東京地下鉄8000系の状況は写真2のとおりである。

写真2


49mm不足しているカントをめぐる攻防

 東急はなぜ用賀駅の通過速度を75km/hから50km/hへと落としたのだろうか。これは45mmというカントがかぎを握っている。
 カントの必要量は(軌間m×通過速度km/hの2乗)÷(0.127×曲線半径m)で求めることが可能だ。計算してみよう。75km/hで用賀駅を通過するには本来94mmのカントが必要だ。45mmのカントでは52km/h以内で走行する必要がある。だが、実際のカントを超える速度で運転したからといって即脱線にはつながらない。さまざまな実験から、国鉄は在来線用の車両のうち、最も性能の低いものであっても60mm以内ならばカントが不足していても安全に通過できると規定した。具体的には少々乗り心地が悪くなる程度だ。東急の基準は不明だが、恐らく同一かもう少し多めの数値としているだろう。いずれにせよ、94-45=49mmだから、十分収まっている。
 軌間1067mmの区間で認められているカントの最大値は105mmだ。にもかかわらず、東急が45mmしかカントを設けなかったのには当然理由がある。用賀駅に停車した際、あまりに車両が傾きすぎていると立っていることが困難となってしまうからだ。
 田園都市線の混雑率は民鉄トップタイの195%を記録している(平日の午前7時50分から8時50分までの間、池尻大橋から渋谷までの1時間の混雑率の平均、2003年9月30日国土交通省調べ。同率1位は湘南モノレール江の島線の富士見町から大船まで)。もしも82mmものカントが設置されていたとすると、列車が用賀駅に到着すると同時に、車内で立っている利用客は将棋倒しとなってしまう危険すらある。このため、通過列車の乗り心地に目をつぶり、停車列車を優先させたのだ。
 49mmカントが足りないからとはいえ、通常ならば車両がホームに接触することはないだろう。しかし、毎日繰り返される通勤、通学ラッシュとそれによって車両が酷使されるため、いつ不具合が発生するかわからないともいえる。今回、大変申し訳ないことに何一つ判明させることもできなかったが、もしかしたら解決の近道はラッシュの緩和、つまり輸送力の増強によってもたらされるのかもしれない。

安全と規制緩和、どちらが大事?

パブリックコメントの内容

 2006(平成18)年6月23日付けの本欄、「飛び込み自殺は運転事故なのか」の文中、筆者は国土交通省が募集していた「運輸の安全性の向上のための鉄道事業法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係省令等(鉄道・海運関係)に関するパブリックコメント」に寄せた文面を紹介するとお伝えした。その結果を説明させていただこう。

 今回、国土交通省が何を目的としているのかは、http://www.mlit.go.jp/pubcom/06/pubcomt44_.htmlにある別紙
(http://www.mlit.go.jp/pubcom/06/pubcomt44/01.pdf)を参照すると理解できる。簡単に言えば、ここのところ国土交通省が監督している運輸事業には事故が多いため、省令を改正して万全を期したいという内容だ。
 タイトルにも登場する運輸の安全性の向上のための鉄道事業法の一部を改正する法律(平成十八年三月三十一日法律第十九号)の内容は「首相官邸」の「官報ダイジェスト」(http://www.kantei.go.jp/jp/kanpo/mar.5/t10331t0069.html〜http://www.kantei.go.jp/jp/kanpo/mar.5/t10331t0076.html)で閲覧することができる。第一条の冒頭を見てみよう。鉄道事業法第十八条に「鉄道事業者は、輸送の安全の確保が最も重要であることを自覚し、絶えず輸送の安全性の向上に努めなければならない。」をはじめとする条文を加えるとある。利用客にとっては当然のことであり、何をいまさらと言いたくなるが、わざわざこのような条文を入れなくてはならないほど、鉄道事業者に対する社会の目は厳しくなってしまったのだ。
 さて、この法律の一部施行に伴って鉄道事業法と軌道法とに関連する国土交通省令も改正の必要が生じた。その際に一般からも広く意見を求めようと考え、パブリックコメントを募集したのである。
 前置きが長くなってしまって恐縮なので先へ進もう。筆者が意見を述べたのは「鉄道事故等報告規則(昭和六十二年二月二十日運輸省令第八号)の一部改正について」と「鉄道に関する技術上の基準を定める省令(平成十三年十二月二十五日国土交通省令第百五十一号)の一部改正について」の2点である。
 鉄道事故等報告規則については前回記したとおり、「移動中の物体の前への飛び込みまたは横臥による故意の自傷および自殺」を運転事故に加えるべきだと述べた。軌道事故等報告報告規則(昭和六十二年三月二十七日運輸省建設省告示第一号)でも同様に改正してほしいと主張したのは言うまでもない。

簡潔すぎて罰則もない省令が鉄道の安全を規定する

 問題は鉄道に関する技術上の基準を定める省令(平成十三年十二月二十五日国土交通省令第百五十一号)の一部改正についてだ。もちろん、この省令を改正して安全性の向上を図りたいとの趣旨は理解できる。だが、筆者は同省令自体の意義について疑問を抱いているため、再考を促すようにと意見を述べた。理由は次のとおりだ。
 この省令は規則ではなく、単なる指針である。したがって、守らなくても何の罰則も課せられない。鉄道事業は許認可事業であり、他にも各種の報告や検査があるから厳しい規制や罰則は不要だと国土交通省は考えているのだろう。
 しかし、この省令の施行によって規制緩和が達成された2001年12月25日以前ですら、規則を守らずに運転事故を起こした鉄道事業者が存在した。京福電気鉄道(福井鉄道部)である。結局、同社は鉄道事業を廃業し、2003(平成15)年7月19日から第三セクターのえちぜん鉄道に引き継がれている。このような状況下では規制の強化が行われても不思議ではない。にもかかわらず規制緩和を断行したのは率直に言って理解できない。
 もう一つの問題はあまりに簡潔すぎて効力を発揮できないのではないかという点である。国土交通省によれば
(http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha01/08/081225_2_.html)、「求められる性能をできる限り具体的に規定。」したという。しかし、実際にはあまり「具体的」ではない。ATC(自動列車制御装置)やATS(自動列車停止装置)について定めた第五十七条を引用しよう。
「閉そくによる方法により列車を運転する場合は、信号の現示に応じ、自動的に列車を減速させ、又は停止させることができる装置を設けなければならない。ただし、列車の運行状況及び線区の状況により列車の安全な運転に支障を及ぼすおそれのない場合は、この限りではない。」
 いかがだろうか。仮に筆者が鉄道事業者だったとすると、これではどのような場合にATCやATSを設置すべきで、設置するとなったらどういう仕様としなければならないのかを「具体的」に知ることはできない。
 同様に鉄道事業者もこれだけでは役に立たないと考えているようだ。そこで、この省令の下には詳細を記した解釈基準が存在し、各地方に設けられた鉄道局の局長から鉄道事業者に通達されることとなっている。しかし、あくまでも基準なので、独自の解釈で実施しようと思えばできてしまう。その点も問題だ。
 ちなみに、解釈基準をまとめた書籍は鉄道技術系の各団体から発行されているが、国立国会図書館に納めていないため、筆者の知る限りでは国土交通省の図書館でしか見ることができない。解釈基準は国土交通省内でも引っ張りだこのようで、職員に貸し出し中のために閲覧できないこともしばしばだ。
 国土交通省自身、鉄道に関する技術上の基準を定める省令の問題点を法規のなかで明らかにしている。軌道法に基づいて開業した軌道のうち、大阪市営地下鉄のように鉄道事業法による鉄道と変わらないものについては、軌道運転規則(昭和二十九年四月三十日運輸省令第二十二号)第三条第一項の規定によってこの省令を準用するとある。事実上、鉄道と同じなのだから当然だろう。
 ところが、同規則附則第三項によれば当分の間、鉄道運転規則(昭和六十二年三月二日運輸省令第十五号、平成十四年三月八日廃止」を準用するとある。鉄道に関する技術上の基準を定める省令ではあまりにも簡潔すぎるため、軌道経営者には参考にならないと国土交通省自身が宣言しているのだ。

 福知山線で脱線転覆事故が発生した際、ATSが注目の的となった。スピードを出しすぎても自動的にブレーキが作動する速度照査機構を備えていれば、100名を超える尊い人命が失われるような事態は起きなかったかもしれないからだ。筆者は、ある記者からATSに関する規制は何かないのかと聞かれたため、先ほどの第五十七条を示した。すると、あまりの簡潔さに言葉を失ってしまったことが印象に残っている。
 身動きが取れないほど規制で縛り付けるのは確かによくない。だが、それが安全のためとなれば話は別だ。人命が失われるような規制緩和とは一体何なのだろうと思う。

飛び込み自殺は運転事故なのか

規則の趣旨は鉄道会社への指導のため

 2006(平成18)年6月6日付けの本欄、「合理化と運転事故との関連性を探る」中、鉄道事故等報告規則(昭和六十二年二月二十日運輸省令第八号)または軌道事故等報告規則(昭和六十二年三月二十七日運輸省建設省告示第一号、「合理化と運転事故との関連性を探る」初掲時には記載しておりませんでした。おわびして訂正いたします)に基づいて報告される運転事故に対して疑問を呈した。それは、運転事故とは鉄道会社の過失の度合いに関係ないにもかかわらず、一部の鉄道会社は飛び込み自殺を運転事故として扱っていないという点だ。
 運転事故として分類されている踏切障害事故のなかには自殺ではないものの、端から見れば「自殺行為」としか思えないような事故もしっかりと報告されている。だが、なぜ飛び込み自殺だけが運転事故として計上されていないのかについて、筆者は国土交通省鉄道局の担当者に質問を投げかけてみた。今回の「鉄道よもやま話」はその結果を報告したい。

 結論から言うと、国土交通省はすべての飛び込み自殺を運転事故とは見なしていない。同省が運転事故の報告を義務付けているのは、鉄道会社に対し、事故の再発防止について適切な指導を行うためだ。明らかに鉄道会社に落ち度のない飛び込み自殺については免除しているのだという。
 もう一つ理由がある。飛び込み自殺の件数はあまりにも多い。仮にその全数を報告しなければならないとなると、国土交通省自身も多大な業務に追われることとなる。本来の業務である鉄道会社への指導が疎かになる公算が高いため、飛び込み自殺は除外しているそうだ。
 厚生労働省によれば、2003(平成15)年に日本で自ら命を絶たれた方々の総数は3万2109人だった。内訳は男性が2万3396人、女性が8713人だ。この数値は日本人だけであり、日本国内に在住する外国人の自殺者も含むと3万4427人(男性2万4963人、女性9464人、警察庁調べ)となる。この年、亡くなった日本人の数は101万4951人。したがって、死亡者数のうち、3.2%が自殺者だ。
 さて、厚生労働省は手段別自殺死亡数割合も公表している。「移動中の物体の前への飛び込みまたは横臥(筆者注、おうが、身体を横たえること)による故意の自傷および自殺」と定義される飛び込みによる自殺者は男性が2.1%、女性が3.6%。筆者の計算では男性491人、女性313人の合わせて804人となる。
 この統計には「飛び込」んだ交通機関の内訳までは記されていない。だが、大多数は鉄道だろう。仮に全員が鉄道への飛び込み自殺だとすると、国土交通省が年度、厚生労働省が年という集計期間の差異はあるものの、運転事故による2003年度の死者数は328人から1132人へと跳ね上がる。

「国民の皆様のご意見」で国土交通省も変わる

 飛び込み自殺が「あまりに多い」とはいうものの、冒頭に記した踏切障害事故との整合性は取れていない。その点を挙げ、筆者は反論を試みようとした。だが、その言葉を予想していたかのように国土交通省の担当者はこう続ける。
「確かに飛び込み自殺を運転事故として扱っていない点については異論もあろうかと思います。ましてや、今国会では自殺対策基本法(年内に施行の予定)も成立しました。国土交通省としても鉄道での自殺を防ぐ手だてを考えていかなくてはなりません。今後は国民の皆様のご意見もうかがい、鉄道会社に報告を義務付ける必要もあるのではないかと考えております。」
 模範解答とはこういう答えを指すのだろう。だが、多分に国土交通省の本音も混じっているようだ。
 一時期、ある鉄道会社のある路線で飛び込み自殺が多発。そのつど輸送障害が発生し、多くの利用客が迷惑を被った。世間の厳しい目は必然的に鉄道会社、そしてその鉄道会社を監督する国土交通省にも向く。ホームに柵を設置するなど、容易に自殺できない環境を整備すべきだという具合にだ。
 国土交通省は、輸送障害については最小限に抑えるようにと鉄道会社に指導していたが、飛び込み自殺の防止までは強く言うことができなかった。長年の慣例で飛び込み自殺を運転事故として扱っていなかったからだ。しかし、本心では指導すべきだと考えていたのかもしれない。あとは世論の後押しだけだと主張しているかのようにも受け取ることができる。
 「国民の皆様のご意見」で国土交通省のあり方が変わるというのは事実だ。同省はパブリックコメントと称し、規制の制定や改正、廃止に関する意見を広く求めている。鉄道の安全対策に関して言えば、「運輸の安全性の向上のための鉄道事業法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係省令等(鉄道・海運関係)に関するパブリックコメント」(http://www.mlit.go.jp/pubcom/06/pubcomt44_.html)をただいま募集中。締切は2006年6月24日(土)に迫っている。
 筆者は国土交通省の改正案については改善の余地があると考え、パブリックコメントを提出するつもりだ。その内容については追って取り上げることとしたい。

村上ファンドは阪神の何に魅せられたのか

鉄道事業用地、0.69平方kmをめぐる攻防

 2006(平成18)年6月5日(月)、村上世彰氏が率いていた株式会社M&Aコンサルティングとその関連ファンド(以下村上ファンド)は阪神電気鉄道株式会社(以下阪神)に対して行っていた株主提案をすべて撤回した。この結果、阪神の取締役のうち9人を村上ファンド側から選任したいとの要求は消滅。阪神をめぐる騒動はひとまず収まったといえる。
 そもそも、なぜ村上ファンドは阪神の経営権を握ろうと試みたのだろうか。言い尽くされていることだが、同社に限らず、鉄道会社は土地をはじめとする固定資産の含み益(時価をもとに算出した資産価値が簿価上の資産価値を上回っている場合の差額分)を保有しているからである。鉄道会社の買収に成功した暁には時価で転売すれば膨大な利益が得られるし、そうでなくても含み資産があるというだけで株価をつり上げることができるのだから、うまみのある話だ。
 今回の「鉄道よもやま話」では阪神が鉄道事業を営むために所有している固定資産の含み益がどれだけあるのかを検証することとした。いつものように、『平成15年度 鉄道統計年報』(国土交通省鉄道局監修、政府資料等普及調査会、2005年3月)をもとに検証しよう。300ページ〜312ページの「(6)貸借対照表(その四)」、354ページと355ページの「(7)土地建物面積表(その5)」、630ページ〜637ページの「(23)JR旅客会社、大手民鉄及び地下鉄事業者の基準単価及び基準コストの算定に係るデータ一覧」を参照し、さらに国税庁のホームページにある「路線価図等閲覧」(http://www.nta.go.jp/category/rosenka/rosenka.htm)
も参考にした。
 阪神の固定資産の総額は3642億4638万4000円である。このうち、鉄道事業専属の金額は788億9170万7000円、鉄道事業関連の金額は7億6094万5000円。鉄道事業用の固定資産の合計は796億5265万2000円となる。
 固定資産の中身を探ってみよう。阪神が鉄道事業用として所有している土地は合わせて69万556屐F睫は線路用地が36万3441屐停車場用地が10万1928屐△修梁召22万5187屬任△襦
 広大な土地をもっているように思われるものの、平方kmに換算すると0.69平方kmだ。阪神の路線延長は40.1kmだから、幅は17mしかないことになる。関西地区にある主要な施設の敷地面積は、大阪空港(伊丹空港)が3.1平方km、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(大阪府大阪市此花区)が0.54平方kmだという。いかに少ない土地で鉄道事業が成り立つかがおわかりいただけることだろう。

時価総額は果たしていくらになるのか

 鉄道事業用の固定資産には土地のほかに建物や土地、設備などが挙げられる。だが、ここではとりあえず固定資産がすべて土地だと考えて計算してみよう。すると、鉄道事業用の土地1崚たりの簿価は11万5346円となる。
 この価格が時価と比べて高いか安いかは2003年度の路線価で判断することとしよう。阪神が所有するすべての土地の路線価を調べるのは困難なので、本線(元町-梅田間、32.1km)を例に取り、新在家(しんざいけ、兵庫県神戸市灘区新在家北町1丁目、準急と普通が停車)、青木(おおぎ、兵庫県神戸市東灘区北青木3丁目、一部の区間特急と快速急行、急行、普通が停車)、久寿川(くすがわ、兵庫県西宮市今津曙町、普通だけが停車)、出屋敷(でやしき、兵庫県尼崎市竹谷町2丁目、普通だけが停車)、姫島(ひめじま、大阪府大阪市西淀川区姫島4丁目、準急と普通が停車)の5駅を選び、駅付近の路線価のなかで最も高額な地点を抽出している。カッコ内の地名がその最高額を記録した地点だ。ちなみに、これら5駅は、阪神の平均的な姿を表している駅だとして筆者の独断で挙げさせていただいた。異論もおありかと思うが、ご勘弁いただきたい。



 結果は表のとおりだ。5駅付近で最高額を記録した路線価の平均は1崚たり20万8000円。簿価の1.8倍もあり、この価格で阪神の線路用地と停車場用地とを査定した場合は1436億3564万8000円となる。仮に村上ファンドが阪神のもつ鉄道用の土地をすべてを売却すれば、639億8299万6000円の利益が得られる計算だ。2003年度に阪神が鉄道事業で得た営業利益は43億9584万4000円だから、村上ファンドは阪神の営業利益14年6カ月分を一瞬のうちに手にすることができるのだ。
 今回、阪神沿線の路線価を調査して気づいたことがある。それは、駅から離れていくにもかかわらず、線路周辺の路線価がほとんど低下していないという点だ。理由は2つ考えられる。一つは阪神沿線はどこも開発し尽くされているから、もう一つは阪神の駅間距離の平均が975mと極めて短いからだ。
 後者について補足しておこう。阪神で駅間距離が最も長い区間は本線千船(ちぶね)-姫島間と西大阪線福(ふく)-伝法(でんぽう)間。どちらも1.5kmしかない。したがって、阪神が所有している土地は750m歩けばどこかの駅に必ずたどり着くことができる。不動産業界では徒歩何分かを表示する際、分速80mで計算しているというから、徒歩9分の道のりだ。極論すれば、阪神が所有する土地はどこも「駅前」である。このような特徴をもつ鉄道会社はありそうでない。筆者は他に思い浮かべることができなかった。
 沿線にお住まいの皆様やご利用の皆様には大変恐縮だが、鉄道会社としての阪神は地味な存在だ。大手民鉄16社のなかで比較すると、旅客営業キロ40.1kmは相模鉄道の35.9kmに次いで短い。また、2003年度の輸送人員1億6092万8000人や鉄道事業での営業収益258億5923万5000円はどちらも西日本鉄道の1億742万7000人、242億65万9000円に次いで少ない数値だ。
 このたびの阪神をめぐる一連の騒ぎでも、阪神タイガースばかりが取りざたされ、よくて子会社の阪神百貨店どまり。鉄道事業はおまけどころか存在するのかどうかもわからないかのような取り上げられ方だった。
 しかし、阪神の固定資産を分析すると、村上ファンドが着目したのは鉄道事業そのものだったということがよくわかる。村上ファンドの手法には賛同できないが、阪神の真の「企業価値」を世に知らしめたという事実だけは評価してよいのかもしれない。

荒川線の追突事故について

事故の状況
 2005(平成18)年6月13日(火)午前9時37分ごろ、東京都交通局荒川線梶原停留場-栄町(さかえちょう)停留場間(東京都北区栄町)で三ノ輪橋停留場発、早稲田停留場行きの電車(乗員乗客31人乗り)がブレーキ試験のために停車していた電車に追突した。この事故で追突していた電車に乗っていた27人の乗客が重軽傷を負ったという。この事故で心身に傷を負われた皆様には心からお見舞いを申し上げますとともに、一日も早いご回復をお祈り申し上げます。
 筆者は事故現場をまだ訪れてはいない。その点をあらかじめご了承のうえ、2006年6月13日20時現在で判明している事柄を整理し、皆様にお伝えすることとしよう。
 梶原停留場と栄町停留場との間は500m離れている。東京都交通局が東京都知事を経由して国土交通大臣に提出した線路実測図は未見だが、国土地理院発行の2万5千分1地形図「東京西部」によれば、この区間は早稲田停留場に向かう車両から見て半径800m程度の左曲線となっているようだ。このような曲線は新幹線では急な部類ではあるものの、荒川線のような路面電車にとっては比較的緩いものだといえる。また、こう配については両停留場とも標高5mとあるため、平坦区間とみなしてよい。
 さて、ここからが重要だ。この区間をはじめ、荒川線全線にATS(自動列車停止装置)は設置されていない。地上には信号機(常置信号機という)は建てられてはいるものの、停止信号を無視しても停止させるすべはないのである。以上から荒川線は運転保安設備の整っていない路線だと考えられがちだが、これは誤りだ。法律でこれでよいと定めされているからである。
 荒川線が開業の際に準拠した法律は軌道法(大正十年四月十四日法律第七十六号)という。新幹線やJRの在来線、大手民鉄の大多数の路線が準拠している鉄道事業法(昭和六十一年十二月四日法律第九十二号)とは異なり、道路上を他の交通と一緒に走行することを考慮した法律だ。
 軌道法による鉄道(以下路面電車)と鉄道事業法での鉄道(以下鉄道)とでは車両の運転方法が大きく異なる。その最大のものは先ほど取り上げた信号機の役割が違うという点だ。鉄道の場合、信号機は停車場(駅、信号場、操車場)に入ることあるいはここから出ることを許可するものであり、停車場と停車場との間では一定区間に1列車しか運転できないように区切る(閉そくという)ために設けられている。
 いっぽう、路面電車の信号機はたいていの場合、他の交通との事故を防ぐために交差点に設置されている。また、単線区間の始まりと終わりの地点にも建てられ、正面衝突事故を回避させる役割を果たす。
 停車場への進入や進出を許可するといっても、路面電車には停車場そのものが存在しないし、閉そくという概念もない。何両もの路面電車が続行して走行する光景をよく見かけるが、これは路面電車だからこそ可能なのだ。

路面電車ならではの規則

 鉄道と比べて前近代的なシステムをもつと思われる路面電車だが、その運転には鉄道よりもはるかに厳しい規則が設けられている。軌道運転規則(昭和二十九年四月三十日運輸省令第二十二号)を見てみよう。第五十三条で定められているのは「車両の運転速度は、動力制動機を備えたものにあつては、最高速度は毎時四十キロメートル以下、平均速度は毎時三十キロメートル以下とし、その他のものにあつては、最高速度は毎時二十五キロメートル以下、平均速度は毎時十六キロメートル以下とする。」だ。
 追突した電車の運転士によれば、事故直前の速度は25km/hだったという。また、東京都交通局によれば、この電車は梶原停留場を9時35分に出発し、栄町停留場には9時37分に到着する行程を組んでいた。平均速度は15km/hである。第五十三条に違反している点は何も見いだせない。
 ところが、現実には追突してしまった。何が問題だったのかは軌道運転規則第五十八条から推測できる。同条には「車両が他の車両に追従する場合であつて、先行車両との距離が百メートル以下となつたときの運転速度は、毎時十五キロメートル以下とする。」とある。
 15km/hとは1秒間に約4.17m進む速さだ。この速度で100mを走るとおよそ24秒を要する。つまり、これだけゆっくりと走らせておけば、追突事故は避けられるはずだと考えているのだ。
 今回、追突直前の速度が本当に25km/hだったとすると重大な規則違反となる。秒速に置き換えると6.94m/sだから、100mを約14秒で走りきってしまう。前方を行く電車に気づき、ブレーキを作動させ、電車のブレーキが効き出して実際に停車するまでの時間が余計にかかることを考えれば、規則で定められているよりも10km/h速く、そして100mを10秒速く走る行為は危険極まりないといえる。
 いまのところ判明している点はここまでだ。線路や車両の状態がわからないし、運転士に何らかの障害が発生したとも考えられる。とはいえ、今回の事故の責任を追突した電車の運転士や東京都交通局だけに負わせてしまうのは少々問題があると思う。それでは路面電車同士の追突事故を絶滅させることはできないからだ。
 大正時代に施行された軌道法とその関連規則は、歴史が長いだけに改正を繰り返し、いまとなっては数多くの矛盾点や意味をなさない点が含まれている。今後は軌道法の問題点についても紹介していこう。

合理化と運転事故との関連性を探る

1km当たり何円で列車は走るのか

 今回は、列車を1km走らせるのに必要な経費、そして1件の運転事故は列車がどれだけの距離を走行すると起きてしまうのかを調べ、鉄道会社の合理化について考えてみたい。例によって『平成15年度 鉄道統計年報』(国土交通省鉄道局監修、政府資料等普及調査会、2005年3月)を使用する。参照したのは66ページ〜79ページの「(4)営業キロ及び走行キロ表(2)」、632ページ〜635ページの「(23)JR旅客会社、大手民鉄及び地下鉄事業者の基準単価及び基準コストの算定に係るデータ一覧」、598ページ〜613ページの「(19)運転事故調査票」だ。
 車両や列車を運転するための経費は運送費と呼ばれる。その内訳は線路保存費、電路保存費、車両保存費、運転費、運輸費、保守管理費、輸送管理費だ。これらは鉄道事業会計規則(昭和六十二年二月二十日運輸省令第七号)で定められた勘定項目である。保存費とは維持補修に要する作業費、管理費とは作業管理などに要する費用を表す。言い換えれば、費用のうち、現業部門のものは保存費、本社部門のものは管理費である。
 いくつか補足しておこう。電路保存費とは架線など電車線路と呼ばれる設備や変電所、通信機械などの維持補修に要する作業費を指す。運転費には運転士や車掌などの人件費や車両が用いる動力費などが含まれる。駅員の人件費や自動改札機のメンテナンス費など、駅に関する費用が計上されているのは運輸費だ。
 JR旅客会社6社と大手民鉄16社をモデルに列車キロと運送費との関係を表1にまとめてみた。筆者の予想よりもばらつきが目立ち、その差はJR旅客会社内、大手民鉄内ともに大きい。



 この数値が1000円台と低かったのは名古屋鉄道、西日本鉄道、JR四国、近畿日本鉄道、JR九州、阪神電気鉄道、南海電気鉄道の7社だった。前回取り上げた「現業部門の職員1人が受け持つ1日当たりの列車キロ」との関連が見られる。この数値が30km以上を記録しているとして取り上げた阪急電鉄、近畿日本鉄道、西日本鉄道、名古屋鉄道、JR九州の5社のうち、阪急電鉄を除く4社の数値は1000円台だ。
 現業部門の職員数を減らせば人件費も減り、運送費も減少するので驚く必要はない。「列車キロ1km当たりの運送費」の平均値である2976円以下である鉄道会社が22社中、17社に達している点に着目すべきだ。むしろ、平均値を上回っている帝都高速度交通営団(現在の東京地下鉄)、JR東海、東京急行電鉄、JR東日本、相模鉄道の5社に何か特別な事情が隠されているのかもしれない。

運転事故の統計から判明する意外な事実

 続いて深刻な数値を紹介しよう。表2をご覧いただきたい。列車の走行距離と運転事故との関係をまとめたものだ。国土交通省は列車の走行距離100万km当たりの運転事故件数としているが、これでは少々わかりにくい。そこで運転事故1件当たりの列車走行キロ、つまりどれだけ列車が走れば事故が起きるのかという生々しいデータを算出することとした。
 運転事故とは鉄道事故等報告規則(昭和六十二年二月二十日運輸省令第八号)と軌道事故等報告規則(昭和六十二年三月二十七日運輸省建設省告示第一号)とによって規定されたものだ。前者には列車衝突事故、列車脱線事故、列車火災事故、踏切障害事故、道路障害事故、人身障害事故、物損事故、後者には車両衝突事故、車両脱線事故、車両火災事故、踏切障害事故、道路障害事故、人身障害事故、物損事故のそれぞれ7種類ずつがある。
 これらの規則を読むと、運転事故とは鉄道会社の過失の度合いには関係なく国土交通省に報告すべきもののようだ。ところが、統計を見る限り、一部の鉄道会社は飛び込み自殺を運転事故として扱わず、報告も行っていない。表2によって評価を下す際には注意が必要だ。なお、運転事故については近々、国土交通省に問い合わせることとしたい。



 こちらもばらつきが顕著だ。最も短いJR四国の56万3892kmと最も長い東京急行電鉄の846万0500kmとの間には実に15倍もの格差が生じている。なお、京王電鉄の0件は非常に優秀な数値であり、尊敬すべきではあるものの、前述のとおり、飛び込み自殺等が計上されていないようなので比較の対象とはしなかった。
 表2から「運転事故1件に対する列車キロ」が100万kmを割り込んでいる鉄道会社を短い順に挙げると、先ほどのJR四国、京阪電気鉄道、阪神電気鉄道、JR九州、西日本鉄道の5社だ。あえてどことは言わないが、毎回似たような顔ぶれが集まっているとお気づきになった方も多いことだろう。
 列車キロと比較して現業部門の職員数や運送費が少ない鉄道会社は、1件の運転事故を起こすまでの列車キロも短い傾向にある。前回のデータとも照らし合わせると、「現業部門の職員1人が受け持つ1日当たりの列車キロ」が30km以上であり、なおかつ「列車キロ1km当たりの運送費」が2000円未満で「運転事故1件に対する列車キロ」が100万km未満でもある鉄道会社の合理化は「行き過ぎ」であると言わざるを得ない。
 前回と今回とで用いた3点の表から、週刊誌の見出しのように「危険な鉄道会社ランキング」のたぐいを作成することは容易だ。しかし、これには意味がない。確率がどうあろうと、運転事故によって引き起こされた悲劇の大きさに変わりはないからだ。
 筆者は、安全性を損ねてまで鉄道事業を成り立たせているものの正体を探るほうが重要だと考える。「行き過ぎ」た合理化を求めているのは鉄道会社だけではないはずだからだ。時間はかかると思われるのだが、調査が進んだ段階で結果を報告していきたい。

統計から見る鉄道会社の人員配置状況

その合理化は「行き過ぎ」か

 鉄道事業者や軌道経営者(以下鉄道会社)に非のある事故である運転事故が発生すると、「行き過ぎた合理化」と非難の矛先が鉄道会社に向けられる。もちろん、運転事故を起こした鉄道会社に弁解の余地はない。とはいえ、合理化自体は決して悪いことではなく、「行き過ぎ」た結果、運転事故を引き起こす要因となって初めて非難されるものだといえる。
 合理化が「行き過ぎ」かどうかを判断するのは困難だ。そこで、統計を用いて実態を把握することとしよう。合理化の代表といえば人員の削減だ。現代の鉄道会社がどれだけの人数で列車を走らせているのかを調べてみた。
 『平成15年度 鉄道統計年報』(国土交通省鉄道局監修、政府資料等普及調査会、2005年3月)にはさまざまな統計が載っている。今回は585ページ〜593ページの「(18)職員数及び年間給与額表」と66ページ〜79ページの「(4)営業キロ及び走行キロ表(2)」とを参照することとした。
 サンプルに選んだのはJR旅客会社6社と大手民鉄16社の合わせて22社。各社で活躍する現業部門の職員数と、1日に運転されるすべての列車が走行する距離とを比べてみた。大ざっぱな計算ではあるものの、もしも列車の走行距離が突出して多ければ、他社に比べて人員削減を強く推進しているといえるだろう。
 なお、ここでいう現業部門とは運輸、工務、電気、車両、建設の各分野から構成され、運輸分野はさらに駅職員、運転士、車掌、その他と細分されている。鉄道会社にはこのほかに役員や本社部門(総務、運輸、工務、電気、車両、建設)の職員も在籍するが、列車の運転に直接は関係ないと考えて省いた。

1位は阪急、その理由とは……



 まずは表をご覧いただきたい。1日に運転される列車の走行距離の総数は各社とも膨大だ。しかし、この数値を現業部門の職員の総数で除すると案外イメージしやすい距離となることがわかる。
 「現業部門の職員1人が受け持つ1日当たりの列車キロ」の平均値は19.7km。この値よりも多い鉄道会社、それも30km以上の阪急電鉄、近畿日本鉄道、西日本鉄道、名古屋鉄道、JR九州の5社は人員の削減が進んでいると考えられる。
 1位となった阪急電鉄のケースを見てみよう。その距離は38.7kmあり、京都線の梅田-洛西口(らくさいぐち)間と同じだ。
 日ごろ阪急電鉄をご利用になっている方ならお気づきかと思うが、他社と比べて極端に現業部門の職員が少ないとは感じられない。同社の数値が突出している理由は人件費削減のために現業部門の多くを分社化したからだ。その分社とは株式会社阪急レールウェイサービス。2001(平成13)年6月、阪急電鉄が100%出資して設立された。
 JRも民鉄でも保線作業などの大多数は外注化されている。しかし、阪急電鉄の場合は阪急レールウェイサービスの社員が駅職員や車掌も務めている点が特徴だ。したがって、社員の数も1469人(2005年4月1日現在)と多く、仮に全員が現業部門の職員だとすると、阪急電鉄の数値は20.3kmとほぼ平均的な値にまで下がる。
 いまのところ阪急電鉄の列車の運転はすべて同社の社員が担当しているが、将来は阪急レールウェイサービスの社員のなかから運転士に登用される可能性もあるのだという。ちなみに、電車の運転には甲種電気車運転免許が必要だ。動力車操縦者運転免許に関する省令第五条によると、運転免許を受けるには所属事業者名などを記載した運転免許申請書を提出しなくてはならない。「事業者」とは鉄道事業法に基づく鉄道事業者だと考えられる。阪急電鉄は第一種鉄道事業者だが、阪急レールウェイサービスはそうではない。したがって、運転士となるためには同社から阪急電鉄に出向するなどの措置をとるのだろう。
 統計上は現業部門の職員が少なく見えても、列車を走らせるために必要な職員数は外注化によって確保されていたことが判明した。30kmを超える鉄道会社として先に挙げた残る4社も似たような施策を採用しているのだろう。こうなると職員数の適正値を探る必要があり、他の統計も参照しなければならない。次回はその結果を報告したい。


search this site.