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東北線で起きた鉄道愛好家による器物損壊事件について

線路間に設けられた安全ロープを撤去して逮捕

 福島県白河市内のJR東日本東北線で2015年6月上旬ごろ、2本の線路の間に設置された安全ロープが何者かによって切断されるという事件が起きた。報道によると、白河-久田野(くたの)間に張られた安全ロープ約800m分が切られ、さらには安全ロープを支えていた鉄柱約100本が引き抜かれたという。
 JR東日本の通報を受け、器物損壊事件として捜査していた福島県警察本部の白河警察署は2015年10月2日、京都市内の男子大学生(18歳)を同容疑で逮捕したと発表した。男子大学生はいわゆる「撮り鉄」と呼ばれる鉄道愛好家であり、同署の調べに対して「車両をきれいに撮りたかった」などと供述したそうだ。
 東北線で起きた器物損壊事件について男子大学生の行動に弁解の余地はない。鉄道愛好家各位は撮影の際にはくれぐれもマナーを守ってほしいし、またこのような行為を見かけたらぜひとも注意してもらいたいと考える。

悪いのは逮捕された男子大学生だけか

 さて、線路間に設置された安全ロープを切断したり、鉄柱を引き抜くといった行為が反社会的なものであるという前提で、鉄道趣味界の抱える問題を提起したい。
 今回の事件について、鉄道ライターといった筆者の同業者各位はこぞって批判を表明した。当然である。しかし、ある鉄道ライターの出した「鉄道ファンの風上にも置けぬ輩」という旨のコメントは言いすぎではないかとさえ思う。筆者を含めた鉄道メディアは決して品行方正ではないし、いま挙げたような行為を糾弾できる立場とは言えないからだ。
 交友社月刊「鉄道ファン」編集部に勤務した筆者の経験から今回の事件を見ると、容疑者の男子大学生が「鉄道ファンの風上にも置けぬ輩」とは断じて思わない。少々熱心すぎるものの、ごく普通の鉄道愛好家であろう。
 線路間に設けられた安全ロープは保線作業者に必要なものとはわかっていても、車両の姿を美しく記録するという観点では邪魔となる。このようなことを言うと差し障りはあるかもしれないが、率直に申し上げて筆者が勤務していた当時の「鉄道ファン」誌では安全ロープが写り込んだ写真は価値がないとされていた。ニュース写真のように代替の利かないものはともかくとして、特集のグラビアにはほぼ間違いなく採用されない。
 となると、「鉄道ファン」誌に写真を発表したいと考える鉄道愛好家、それからプロの鉄道写真家は2つの方策を採ることとなる。一つはもちろん安全ロープのない場所で撮影すること。そしてもう一つは安全ロープを撤去することだ。
 鉄道写真にとって障害物と見なされたものは何も安全ロープに限らない。起点からの距離を示す距離標や勾配の度合いを示す勾配標といった標識類までもが写り込んではならないと見なされ、実際に引き抜いたと当方に告白した鉄道写真家もいた。線路に立ち入らないようにと設置された金網の柵があると撮影しづらいと、ペンチで穴を開けてしまう例は後を絶たない。線路脇に雑草が生い茂っていた場合、抜かないほうがどうかしているとさえ考えられていた。
 いまは写真を撮影する鉄道愛好家への監視の目が厳しくなったから、このような行為はなかなかしづらい。だが、少なくとも10年くらい前までであれば平然と行われていた。いま挙げたようなものを正直に写し込んだ写真は鉄道写真とは見なされない。アマチュアの鉄道愛好家ならば発表のチャンスを失うし、プロの鉄道写真家にとっては飯の食い上げとなる。ならば、少々のリスクを覚悟のうえで撮影場所に細工を施してしまえばよいという気持ちは理解できる。
 1950年代から1970年代にかけて撮影された鉄道写真のなかには、現代の撮影であればとうてい発表できないものも多い。先に挙げた器物損壊もさることながら、より美しく車両の姿をとらえようと線路内に立ち入って撮影を行ったケースも目立つからだ。
 たとえば、東北線などの複線区間では2本の線路間に設けられた広い空間が設けられている例が多く、このような場所は格好の撮影場所であった。かつては鉄道趣味誌のグラビアを飾っていたものだが、いまこのような場所で撮影すれば犯罪と見なされることは言うまでもない。
 今回のような事件が起きると鉄道趣味誌は何らかのコメントを出す。大方は節度をもって撮影すべきという内容ではあるが、実際に撮影に熱を入れている鉄道愛好者から見ると虚しく響くであろう。グラビアページに掲載されている写真のなかには何らかの細工が施されたものが混じっているからだ。
 結論を言おう。写真とは事実を記録するものであるから、撮影の際には目の前に安全ロープがあろうが何があろうが甘受して写し込まなければならない。仮に邪魔だと思われるものが写っていると感じたらならば、撮影後の画像をレタッチソフトで修正すべきであろう。そして、ここからが重要な点で、鉄道趣味誌はさまざまな障害物が写った写真を一定の割合で採用し、鉄道愛好家に範を示す必要がある。そのような採用方針に転換できないのであれば、イベント列車の運転日に限っては鉄道愛好家が集まる撮影地から安全ロープなどを撤去してもらうよう、鉄道事業者に働きかけるほかないであろう。

鉄道趣味の在り方も時代の変化に合わせなくてはならない

 筆者はかねてから鉄道趣味誌に対し、掲載する写真の非現実的な面に異を唱えてきた。2010年代でありながら、掲載される写真の採用基準は1960、1970年代の基準では時代に即しているとは言えない。「鉄道ファン」編集部在籍時はもとより、鉄道ジャーナリストとして独立後もとある鉄道趣味誌の編集長に対して抗議したこともある。そうした行いが災いしてか、近年は鉄道趣味誌関連の仕事はさっぱりで、鉄道愛好家に対して訴える場も与えられない。
 個人の事情はさておき、多種多様な鉄道趣味誌が売られ、毎号充実した情報が得られるにもかかわらず、こと撮影を主体とした鉄道愛好家にとっては実現不可能と言ってもよい手本が示されている。このような現状は不幸としか言いようがない。
 器物損壊容疑で逮捕された男子大学生にどのような処分が下されるのかは不明だ。しかし、未成年でもあるし、何よりもいままで鉄道とのかかわり方について指導を受けた形跡がないので、関係各位には寛大な措置をお願いしたい。そして、鉄道趣味誌を中心とする鉄道メディアの関係者に対しては、2010年代の社会に応じた鉄道趣味を早急に提案してほしいものだ。


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