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2012年7月4日 篠ノ井線で発生したデッドロックについて

「あれ? どうして列車が動けなくなったのだろう」
 JR東日本長野支社のCTC(列車集中制御装置)センターで列車の運転を監督する運転指令員はこうつぶやいたに違いない。このとき、列車の運転状況を示すCTC表示盤では、単線区間の篠ノ井線に設けられた行き違い場所である桑ノ原信号場(姨捨-稲荷山間に設けられた信号場。なお、篠ノ井線の正式な起点は篠ノ井駅、終点は塩尻駅だが、本項では起点を塩尻駅、終点を篠ノ井駅として扱う)付近で3本の列車が立ち往生していると表示し、列車の進路を自動的に設定するPRC(自動進路制御装置)が3本の列車に対して進路を構成できないと警報を発してきたはずだからだ。
 摩訶不思議なトラブルは2012年7月2日の午前9時ごろに発生した。翌7月3日付けの読売新聞の「列車ダイヤ作成ミス…立ち往生、単線に3本進入」(※リンク切れの際はご容赦いただきたい)という記事がわかりやすいので、記事をもとに状況を整理して紹介しよう。
 桑ノ原信号場は通過主体の主本線1線と待避線となる副本線1線との組み合わせから成り立つ。トラブルは、同信号場の副本線に下り回送列車が待避しているところに、上諏訪発長野行き下り普通列車の第1535M列車と上り回送列車とがほぼ同時に同信号場に接近したために発生した。
 言うまでもなく、第1535M列車と上り回送列車に対して副本線への進路を構成することはできない。いっぽう、両列車に対して主本線への進路を構成することも不可能だ。主本線は1線しか存在しないため、列車衝突事故に結び付くからである。もちろん、主本線に第1535M列車または上り回送列車のどちらかを進入させても問題は解決しない。
 かくして、副本線の下り回送列車に対して停車場からの進出の可否を示す出発信号機は停止を現示したままとなり、桑ノ原信号場に進入しようとする第1535M列車と上り回送列車とに対して停車場の進入の可否を示す場内信号機はやはり停止を現示したままとなる。そしてこの状況は3本の列車のうち、いずれか1本が存在しなくなるまで続く。いわば三すくみ状態である。
 読売新聞の記事によれば、上り回送列車が稲荷山駅まで引き返し、篠ノ井線は約1時間半後に運転を再開したという。このトラブルで第1535M列車の利用客約70人が車内に閉じ込められたほか、同列車を含む上下6本の列車が最大約1時間36分遅れ、合わせて約600人が影響を受けた。トラブルの原因は臨時に設定された上下の回送列車の列車ダイヤの作成ミスが原因だそうだ。
 当ホームページの読者には鉄道関係者の方も多い。関係者各位はこの記事を読まれて即座に「デッドロックが発生したのか」と思われたことだろう。今回のトラブルはまさに閉そく装置の教科書に載っているとおりのデッドロックが起きたのである。
 デッドロックとは、いずれの列車にも進路構成ができなくなる状態を指す。先ほど挙げた線路の条件から、桑ノ原信号場を含む稲荷山-姨捨間の本線(列車の運転に常用される線路)に3本の列車を進入させるには以下の2つのいずれかでなくてはならない。

1.3本の列車の進行方向がすべて同じである。
2.3本の列車の進行方向が異なる場合、まず桑ノ原信号場で1本の列車(Aとする)が待避し、次に進行方向の異なる2本の列車(BとCとする)が通過する。B、Cの進行方向はともに同じでなくてはならない。

 ところが、当日の列車ダイヤはいま挙げた1でもなければ2でもない。先述のとおり、下り回送列車が副本線に進入した後、第1535M列車と上り普通列車とがほぼ同時に桑ノ原信号場に進入しようとしたのだ。幸い、2本の列車とも停止を現示していた桑ノ原信号場の場内信号機によって止まったので列車衝突事故は避けられたものの、三すくみのデッドロックが生じたのである。
 原因はすでに述べたとおり、列車ダイヤを誤って作成したからである。JR東日本長野支社運輸部は信濃毎日新聞の取材に対し、列車ダイヤの作成ミスを認め、陳謝したという。2012年7月3日付けの同紙の記事(※リンク切れの際はご容赦いただきたい)によれば、同部の2人の担当者が臨時の回送列車を設定した際、桑ノ原信号場でデッドロックが生じるとは予想できなかったことが原因であるとされる。しかも、2人の担当者は列車の運転を担当する指令室で確認したにもかかわらずだ。つまり、PRCのコンピュータープログラムそのものにも設定ミスが存在していたこととなる。いままでこの手のトラブルが生じなかったのは、ひとえに列車の運転本数が少なく、桑ノ原信号場付近で3本の列車が行き交う状況が発生しなかったからだろう。
 桑ノ原信号場でデッドロックが発生する可能性にJR東日本の担当者はなぜ事前に気づかなかったのだろうか。筆者はこの信号場の線路配置に原因があると考える。先ほど同信号場には主本線と副本線とが1線ずつの合わせて2線しか存在しないと記したが、実はもう1本、折返線が存在するからだ。
 25‰の勾配区間の途中に設けられている桑ノ原信号場に停車するには平坦な区間に敷かれた副本線へと進入する必要があり、その際に列車の向きを変えなくてはならない。このような停車場をスイッチバックの停車場と呼ぶ。
 副本線と折返線とをそれぞれ独立した存在としてとらえれば、桑ノ原信号場には主本線、副本線、折返線と確かに3本の線路が存在することとなり、3本の列車を運転する際の条件が緩和される。その条件はあえて挙げないが、ご理解いただけることだろう。
 具体的な運転方法を説明しておこう。篠ノ井線の本線と副本線とはシーサースクロッシング(隣り合う2軌道で2つの渡り線が交差する軌道構造)で結ばれている。桑ノ原信号場を通過する列車はシーサースクロッシングの交差側を通り抜け、停車する列車は次のような進路をたどっていく。
1.塩尻方面から篠ノ井方面に向かう場合
 折返線に進入し、ここで退行して副本線に向かう。主本線に合流するには再度向きを変える必要がある。
2.篠ノ井方面から塩尻方面に向かう場合
 副本線に進入し、ここで退行して折返線に向かう。主本線に合流するには再度向きを変える必要がある。
 ところが、実際には副本線と折返線とは1本につながった線路であり、それぞれを独立した線路として扱うことはできない。どうやら、JR東日本の担当者は桑ノ原信号場の線路配置のもつ特異性を見落としていたようだ。
 実を言うと、桑ノ原信号場では2本の列車しか存在しない場合でもデッドロックは生じる。もうおわかりのとおり、いっぽうが副本線に入り、もういっぽうが折返線に入った場合だ。
 JR東日本の担当者のミスを責めるのはたやすいが、実際に当事者となったとしたらなかなか気づかないだろう。単に絶対信号機が停止を現示しただけであるので重大インシデントというほどの案件でもないし、何よりも安全が確保されていた。当日、迷惑を被った利用者の皆様には恐縮だが、JR東日本には関係者への寛大な処分をお願いしたい。
 読売新聞の記事を一読した筆者の感想は、一般向けの内容ながらよく掘り下げていてなおかつわかりやすいというものだ。新聞では触れられてはいなかった詳細な原因については本項がお役に立ったのではないかと自負している。
 ところで、今回のトラブルで筆者と同業のさる鉄道ライター氏が読売新聞の記事を批判されておられた。読者の皆様の参考になると考えるので、引用させていただこう。
「ダイヤ作成ミスでは済まされない。いい加減な記事だが、途中の桑ノ原信号場の待避線が埋まっていたとはいえ、同一閉塞区間に2本列車が入ったのか? その辺りを明らかにしてほしい。」(土屋武之、http://twitter.com/twins_tsuchiya/status/219951164316323840)
「「『閉塞区間』は鉄道の安全を守る、最大の鉄則」。このことを理解した上で、報道していただきたいもの。」(同、http://twitter.com/twins_tsuchiya/status/219954269833535488)
 恐らく、この鉄道ライター氏がおもちの鉄道に関する知識は筆者に比べて何倍もあり、閉そくについても相当な量であると筆者は考える。だからこそ、読売新聞の「単線区間に列車3本が進入し」という文言を「いい加減」だと断じたのだろう。その使命感の強さは尊敬に値する。
 筆者のように鉄道の知識に乏しく、問題が生じるたびに専門書や教科書で確認しなければ何も発言できない者にとっては、同紙の記事に登場する文言の一つ一つについて意味を調べなければ安心できない。「双方が赤信号で停車した」という文言は鉄道に詳しい人にとっては当然に思われるかもしれないが、筆者にはよく理解できなかった。そこで、『閉そく装置 改訂版』(日本鉄道電気技術協会、2004年4月)を本棚から引っ張り出したのである。
 同書の7ページにはこう記されていた。「信号機は閉そく区間の境界です」と。第1535M列車も上り回送列車もそれぞれに対して停止を現示している場内信号機によって停車したのであるから、同一の閉そく区間に進入してはいないのではないかと筆者は考える。
 同様に、問題の発端となったと考えられる「単線区間に列車3本が進入し」という文言についても検証を試みた。篠ノ井線は塩尻-松本間と田沢-明科間が複線で残る松本-田沢間と明科-篠ノ井間は単線である。しかしながら、全線が自動閉そく式であり、JR東日本の『2011会社要覧』の47ページによれば、篠ノ井線は単なる自動閉そく式であって自動閉そく式(特殊)でないことが判明した。
 『閉そく装置 改訂版』の33ページによれば、単線区間における単なる自動閉そく式とは正式には自動閉そく式(自動A)といい、停車場間に閉そく信号機を設け、停車場間の軌道回路は列車に対向する送電となるように運転方向により切り替えを行うとある。いっぽう、自動閉そく式(特殊)は同(自動B)ともいい、遠方信号機を設け、停車場間に閉そく信号機は設けず、停車場間に長大軌道回路を設け、送受電の切り替えは行わないとあった。
 以上から、篠ノ井線の単線区間の停車場間には複数の閉そく区間が存在するのは明らかだ。「単線区間に列車3本が進入する」ことくらい別に普通ではないかと筆者は考える。
 ここまで来ると筆者は軽々しく同一の閉そく区間に複数の列車が進入したとは言えない。この鉄道ライター氏を批判しているのではなく、鉄道に関する知識が筆者には乏しく、一般向けに丁寧に記されているはずの読売新聞の記事にすらつまづいてしまうからだ。
 もしかすると、鉄道ライター氏は全国の路線を乗られたご経験から、「単線区間の規模はこんなもの」という結論を導かれたのかもしれない。「単線区間とは所詮田舎にある設備」という偏見が潜在しているのだとしたら少々寂しいと筆者は考えるが、実際にそうなのかもしれない。
 ちなみに、拙宅の最寄駅はJR東日本内房線の大貫駅であり、篠ノ井線同様に自動閉そく式(自動A)が導入された単線区間だ。大貫駅は行き違いや待避が可能なように2本の線路が敷かれているので、桑ノ原信号場で起きたトラブルのように3本の列車を進入させようとするとデッドロックが生じる。
 PRCによって自動化されたとはいえ、内房線の単線区間では列車が停車場に止まるたびに関係する双方の停車場の運転方向てこを切り換えるタイムラグが発生し、複線区間に比べて停車時間が長くなってしまう。複線の都心の列車と比べると恨めしくもあるが、それよりも単線の内房線を利用することで筆者は改めて鉄道に関する知識のなさを痛感し、勉強の必要性を感じた。
 宣伝で恐縮ながら、筆者は千葉県富津市から2012年8月9日(木)と同11月17日(土)とに鉄道に関する講演を依頼されている。単線区間での列車の運転方法に関して筆者が理解した点を述べることも皆様の参考になるかもしれない。


※2012年7月7日0時00分追記
 本項を公開した後、読売新聞の記事をそのまま引用すると問題が生じる可能性が判明しました。そこで該当の個所を書き換え、これに伴って連動する後半の文章も修正しております。ところが、後半の文章は該当個所を削除しただけの状態となり、差し替え文章を挿入しそびれた結果、全体として意味を成さないという事実にいまさらながら気づきました。読者の皆様にはお見苦しい状態となっておりましたことをおわびして訂正いたします。
 なお、後半の文章で論じました鉄道ライター氏の発言につきまして、差し替え前の文章は少々先方への尊敬に満ちたものとなっており、論じられる側も気色が悪かろうと考えました。このため、差し替え後の文章はやや不躾な記し方となっております。この点に関しましてもご承知おきいただきますと幸いです。



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