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2010年4月2日

「都市問題」2010年4月号ご購読の勧め

 「都市問題」2010年4月号(財団法人東京市政調査会)が4月1日に発売となった。特集1は「高速鉄道の世界的新時代」である。本特集には、交通評論家の角本良平氏、京都大学大学院工学研究科教授の中川大氏、大東文化大学教授の今城光英氏、海外鉄道技術協力協会の秋山芳弘氏とそうそうたる顔ぶれが論文を寄せ、筆者も末席ながら「新幹線の技術力」と題して寄稿させていただいた。
 拙稿はともかくとして、本特集の論文はいずれも読みごたえのあるものばかりで、昨今の鉄道ブームで乱造されている文字の塊とは一線を画している。なかでも、筆者が感銘を受けたのは交通評論の大御所である角本良平氏の論文 「『新幹線』は正しかったか―過去70年の評価と今後の展望」だ。どのような内容なのかは「都市問題」をご購入いただくとして、その魅力の一端に触れられるよう、最後の一節を引用したい。
 「自動車・航空機の時代においては、鉄道の旅客輸送は『引き算』でしかない。まず自動車と航空機が選択され、それらでは運べない需要が鉄道に残るだけなのである。
 戸口から戸口への自動車、亜音速の飛行機の魅力は非常に大きい。現に、それらの能力を政治が整備しているとき、鉄道もといっても、利用は限られる。国内において、この現実を直視すべきであり、海外においてもそうなのである。」(角本良平、「『新幹線』は正しかったか―過去70年の評価と今後の展望」、「都市問題」2010年4月号、財団法人東京市政調査会、8ページ)
 筆者はここ10年の間、鉄道について他人が記した文章で、これ以上の正論を見た記憶がない。それほど今日の鉄道言論界は社会から隔絶された意見ばかりがまかり通っているのだ。
 日本の鉄道は、いまから32年前の1978年10月2日に国鉄が実施した列車ダイヤ改正を境にその姿を大きく変えた。それは、鉄道は自らが得意とする大量輸送と中距離輸送とで活路を見いだし、そうでない分野は縮小するという内容である。しかし、昨今の鉄道言論界はこうした歴史から学ぶことを怠り、いまだに半世紀も前のセンチメンタリズムを振り回して採算の取れない路線や列車に向けていたずらに郷愁を煽るだけだ。こうした行き過ぎた鉄道至上主義は、少子化が進む社会にあっては子孫に負債を押し付けるだけの背任行為とさえ言える。
 社会の大きな枠組みのなかでは、鉄道は大量輸送を得意とする交通機関であるに過ぎない。したがって、鉄道だけですべての交通需要をまかなうことなど不可能だ。もしも今日、鉄道が他の交通機関との競争に勝利し、すべてを消し去ってしまったとしたら、困るのは鉄道自身なのである。
 一例を挙げよう。現実的な問題として、鉄道のメンテナンスには線路に並行する道路と自動車とが欠かせない。逆に言えば、線路に並行する道路が通行止めとなれば、その鉄道は運行が不可能となってしまう。これは筆者の意見ではなく、歴史に刻まれた厳然たる事実だ。2005年12月から翌2006年1月にかけて新潟県内が豪雪に見舞われたとき、除雪車を用いて線路の除雪作業が可能であったにもかかわらず、並行する道路が通行止めとなったためにJR東日本の只見線は長期間不通となった。
 筆者は鉄道ブームを否定しないものの、ブームに便乗して鉄道への偏執狂的な愛情だけが跋扈する刹那的な状況を危惧せざるを得ない。そのようななか、角本良平氏の論文は本物だけがもつ風格をもち、しかも鉄道への真の愛情に満ちた内容となっていて、鉄道の未来を大いに示唆する内容となっている。繰り返しとなるが、「都市問題」2010年4月号のご購読をぜひともお勧めしたい。
  • 2010.04.02 Friday
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