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大阪市交通局7号線(長堀鶴見緑地線)で発生した鉄道重大インシデントについて

 2010(平成22)年3月15日午前5時46分ごろ、大阪市交通局7号線(長堀鶴見緑地線)の鶴見緑地駅(軌道法で開業しているために正式には停留場)構内で分岐器の転てつ器が破損し、およそ5時間20分にわたって不通となった。翌日、大阪市交通局はこの件について記者会見を行い、転てつ器は驚くべき原因によって破損されたことが判明する。国土交通省運輸安全委員会が鉄道重大インシデントと位置づけた一連の経緯を振り返ってみよう。
 転てつ器を破損した列車は大正駅を5時09分に出発した第1列車である。この列車は7号線(長堀鶴見緑地線)大正駅から門真南駅へと向かう一番列車だ。
 第1列車が定刻の5時27分に京橋駅に到着した際、電車に搭載されているATC(自動列車停止装置)の車上装置が故障する。運転士は列車無線装置で指令所の指令員と交信し、その結果、ATCを開放してそのまま営業運転を続けるという指示を受けた。とはいうものの、運転室の速度計に信号が現示される車内信号式のATCという保安装置が使えない状態であるため、通常どおりに運転していては大変危険だ。こうした場合に用いられることとなっている代用閉そく方式のうち、運転整理担当者(この場合は指令員)からの指示を受けながら運転を行う指令式という特殊な運転方法によって門真南駅を目指すこととなった。
 指令式の詳細は大阪市交通局が独自に定めており、全容は不明だ。いまのところ判明しているのは通常は70km/hである最高速度を40km/hに落として運転すること、運転士は停車場(駅、信号場、操車場の総称)に進入する際に本線と停車場との境界でいったん列車を停止させ、指令員の指示を仰ぐこと、指令式を実施する際に指令員は7号線(長堀鶴見緑地線)を運転中のすべての列車と関係する駅長にその旨を伝えること、指令員は線路脇に建てられた手信号代用器に信号を現示することの4点である。
 第1列車は最高速度に関しては問題なく運転されていたらしい。ところが、残る3点については守られなかった。それでも安全が保たれていればまだよかったのだが、現実にはそうはいかなかったのだ。
 5時43分ごろ、第1列車は門真南駅の1駅大正駅寄りの鶴見緑地駅では分岐器を背向(はいこう。分岐器の後端側から前端側への向き)に進入する。その際、線路は異なる方向に開通していたため、転てつ器を破損してしまう。暗かったからなのかは不明だが、運転士の供述によれば、大きな音を立てて走行していることは認識していたものの、異方向に開通していた分岐器を通過したことには気づかなかったという。
 鶴見緑地駅を出発した第1列車は5時46分に定刻から約6分遅れて終点の門真南駅に進入する。第1列車は分岐器を対向(分岐器の前端側から後端側への向き)に進み、2番線へと向かう。3人の指令員のうち1人が第1列車の行く手に車両が停止していることに気づき、非常停止を指示する。第1列車は非常ブレーキを作動させ、門真南駅に停車中の車両の70m前で停止。衝突という最悪の事態は免れた。
 運輸安全委員会が問題視しているのは転てつ器の破損ではなく、門真南駅でのあわや衝突という深刻なインシデントだ。このような事態はなぜ起きたのだろうか。
 大阪市交通局の発表では、門真南駅に停車していた車両は第1列車に用いられていた車両を交換するための車両だったという。指令員は代替となる車両を鶴見緑地駅構内にある鶴見検修場から出庫させた際、鶴見緑地駅、そして門真南駅2番線へと通じる分岐器の転てつ器をそれぞれ手動で転換した。しかし、その後、第1列車の進路を構成するために転てつ器を操作するという作業を行ってはいない。この結果、転てつ器の破損と門真南駅2番線へ誤って進入してしまったのだ。
 指令員は第1列車のために転てつ器を転換させることを失念していた。7号線(長堀鶴見緑地線)には、1日の列車ダイヤをコンピューターに入力すれば、あとは自動的に分岐器の進路を構成するシステムが導入されているようだ。鶴見検修場を出庫した代替の車両の運転は列車ダイヤに存在しないので、手動で転てつ器を転換する必要がある。だが、第1列車自体は列車ダイヤに記載されている列車だから、コンピューターが自動的に転てつ器を転換してくれるものだと指令員が勘違いしたらしい。
 運転士にも重大なミスがある。前方に車両が停止しているかもしれない停車場の手前で、何の指示を仰ぐこともなくそのまま進入してしまったという点だ。定められた規則に反し、指令員は本線と停車場との境界に到達した第1列車に対して停止の指示を出さなかった。これに対し、第1列車の運転士は指示がないことを駅への進入を許可していものと解釈してしまい、指令員に問い合わせてはいない。信じがたい行動だが、異常時には得てしてこのような都合のよい判断を下してしまうものだ。
 この重大インシデントがなぜ起きたのかは時間の経緯を見るとよくわかる。ATC車上装置の故障という極めて深刻な事態にもかかわらず、第1列車はわずかな遅れで運転を続けていたからだ。
 第1列車の次に大正駅を出発し、門真南駅を目指す列車は第3列車である。大正駅5時19分発、門真南駅5時49分着だ。5時46分に第1列車が門真南駅に進入しようとしたことから、第3列車は門真南駅に4分遅れの5時53分着として運転されていたと思われる。この程度ならば門真南駅での折り返し時間を切り詰めることで列車ダイヤの乱れはすぐに回復するに違いない。
 筆者は、指令員は列車ダイヤを早く元に戻すことを考え、肝心の第1列車への監視をおざなりにしたのだと推測する。安全を犠牲にしてなぜこのような愚かな行為を取ったのかと思われるに違いないが、鉄道関係者にとって列車ダイヤどおりに運転するというプレッシャーは部外者の想像を絶するものなのだ。
 詳細が不明な状況なので論評はこのあたりにすることとして、新幹線で採用されている方法を『新幹線信号設備』(東日本旅客鉄道株式会社東京地域本社電気部長菱沼好章監修、日本鉄道電気技術協会、2002年4月、14ページ)から引用して紹介することとしよう。ここには今回の鉄道重大インシデントが起きた理由が示唆されていると筆者は考える。
「代用保安方式では、ATCという高度の保安装置を使用せず、人間の取扱いに依存するため、誤扱い防止を目的として、次のような特別な取扱いをします。
1.故障して代用保安方式へ変更するとき、あるいは故障が直り常用保安方式に戻る場合はすべて列車指令から保安方式の変更の指令(伝達)があり、指令を受領した駅長は隣りの駅長と変更について打ち合わせます。
2.ATCが使用できないときは、他の運転士または車掌を運転室に同乗することになっています。
3.新幹線では平常時、駅長は出発合図をしていませんが、代用保安方式となると必ず駅長が出発合図を行います。
4.代用保安方式のときは、安全を考慮して、原則として最高速度は110km/hとなります。
5.列車は停車場外(筆者注、本線と停車場との境界)に一旦停止します。
6.通過列車であっても必ず駅で停止します。」


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