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4月25日という日

 去る2009(平成21)年4月25日、JR西日本福知山線塚口駅-尼崎駅間で起きた列車脱線事故から4年が経過した。この事故で亡くなられた方々のご冥福をお祈りし、傷つかれた方々、そしてご家族やお知り合いが亡くなられたり、傷つかれた方々に謹んでお見舞いを申し上げます。
 筆者が4年間思い続けてきたことは、「鉄道というものは必要悪の存在であって、なくて済むのならそのほうがよい」というものである。確かに、鉄道によって得られる利便性は非常に大きい。だが、ひとたび列車事故が起きれば、この事故のように痛ましいものとなってしまう。
 殉職者なしに鉄道を敷設することはできないという事実もゆゆしき問題点だ。筆者は開業中の新幹線の工事誌すべてにあたってみたが、どの新幹線も多くの犠牲の上に成り立っている。よく、「鉄道の怪談」なる無責任な記事で山あいの路線のどこそこに殉職者の霊が出るなどと書かれているが、失礼極まりないうえ、笑止千万としか言いようがない。東海道新幹線の建設工事では210人(国鉄職員6人、工事請負業者204人)が犠牲となった。大都市圏の高架橋上でも自動車事故や墜落による死者が多数発生している。1964(昭和39)年9月22日に浜名湖畔に設けられた東海道新幹線建設工事殉職者慰霊碑の慰霊祭に出席した国鉄の石田禮助総裁は、次のようにあいさつしたという。
「新幹線の尊い人柱となられた200余人の人たち、そのご家族の方々にはなんともお気の毒なことだ。これほどの立派な鉄道をつくった技術をもっても、なお多数の犠牲者を出さないでする方法はなかったのだろうか。遺憾千万である。われわれはこの犠牲者によってつくられた新幹線を今後立派に育て上げなくてはならない」(『新幹線の30年』、東海旅客鉄道新幹線鉄道事業本部、1995年2月、62ページ)
 鉄道というものが構造的に犠牲を絶無にできない状況ではどのような対案を立てればよいのか。筆者がまず考えたのは鉄道の代わりとなる交通機関を探すことである。
 自動車は鉄道と比べて安全ではない。しかし、自動運転装置といった装置をすべての自動車に搭載すれば、安全性が飛躍的に高まる可能性がある。
 航空機は鉄道と同等の安全性をもつ。しかし、ひとたび事故が起きれば鉄道に増して多くの犠牲者が発生する。さらに、燃料消費量、騒音、排気ガスなど、さまざまな問題を抱えていることを忘れてはならない。
 続いて考えたのは鉄道自体の安全性を高めることだ。建設工事の殉職者を絶無にすることは大変困難だという。コストを2倍にすれば可能だと語る関係者もいる。
 列車事故や車両事故を根絶するための方策とは何だろうか。第一に考えられるのは保安装置、特に保安度の低い従来のATS(自動列車停止装置)の改良である。
 JR西日本は2009年2月6日に福知山線新三田-篠山口間により保安度の高いATS-Pの設置を完了したと発表した。これで福知山線は尼崎-篠山口間がATS-Pとなったものの、拠点型のPであることが気になる。拠点型のPは場内信号機と出発信号機の現示に対しては連続的に速度を照査する機能が付いているが、信号機の大多数を占める閉そく信号機についてはこうした機能がない。いわばATS-Pの限定動作版である。本来は完全なATS-Pを導入したかったのだが、コスト面で断念したのだという。
 拠点型のPは福知山線だけでなく、関西地区の東海道線でも導入済みだ。はなはだ不十分な保安装置であるが、特に問題視されていない。JR西日本は全国有数の規模をもつ鉄道事業者だ。触らぬ神にたたりなしと考えているのだろう。あるいはここのところ雨後の筍のように現れた鉄道の書き手はそもそも拠点型Pなどご存じないのかもしれない。
 身もふたもない結論で恐縮だが、筆者が望む鉄道の姿など、金さえあれば一瞬に解決する。政府は2009年度の補正予算として15兆4000億円を衆議院に提出した。これだけの額をすべて鉄道に投入すれば、問題点は一瞬にして解決する。だが、10年もたてば元の木阿弥だろう。金持ちと貧乏人との相違は初期投資額の大小もさることながら、消耗品費に最もよく現れる。せっかくATS-Pの設置工事を行っても、すべての車両に車上装置が搭載されないのでは話にならない。
 金などあるはずもないいま、何が必要かというと運賃の改訂、要は値上げである。これは政府にとっての増税と同じで反発が大きいため、おいそれとは実施に移せない。
 JR西日本大阪環状線内の初乗り運賃は120円で、JR各社のなかで最安である。この運賃を10円値上げし、JR東日本の山手線内の初乗り運賃と同じ130円とするだけでも安全投資に回せる金額は大きくなるはずだ。複々線で列車の運転本数の多い東海道線にすら拠点型のPの導入でお茶をにごすくらいならば、青春18きっぷといった明らかなダンピング価格の企画商品など、即刻廃止したほうがよい。
 2000年代の初頭に行政改革が実施された。国土交通省が誕生すると同時に、普通鉄道構造規則や鉄道運転規則の廃止といった規制緩和が行われている。しかし、鉄道事業者や軌道経営者による改革は実施されたのだろうか。
 筆者がかつて勤務していた三井銀行はいまは姿を消した。事実上、経営が破綻し、市場からの退場を余儀なくされたからだ。金融に比べて鉄道の新陳代謝は鈍い。明治、大正、昭和の三代に繰り返し行われた再編の波によって今日の日本の鉄道の姿ができあがった。しかし、平成のいまは護送船団と言ってもよい。皆が一丸となって鉄道の暖簾を守り続けていると言うと聞こえはよいが、沈むときは皆一緒では困る。
 拙文をお読みいただき、鉄道への幻想が打ち砕かれた方も多いことだろう。だが、これが現実なのである。少子化や不況によって昨今、鉄道を取り巻く環境は一段と厳しさを増した。筆者の実感では、いまこそが鉄道を改革する機会だととらえている関係者は日増しに増えていることも確かだ。鉄道は多くの犠牲者の上に発展を遂げてきた。今後、存続するためには何を成すべきなのか。4月25日という日はこのような重い事実を再確認する日なのである。


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