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村上ファンドは阪神の何に魅せられたのか

鉄道事業用地、0.69平方kmをめぐる攻防

 2006(平成18)年6月5日(月)、村上世彰氏が率いていた株式会社M&Aコンサルティングとその関連ファンド(以下村上ファンド)は阪神電気鉄道株式会社(以下阪神)に対して行っていた株主提案をすべて撤回した。この結果、阪神の取締役のうち9人を村上ファンド側から選任したいとの要求は消滅。阪神をめぐる騒動はひとまず収まったといえる。
 そもそも、なぜ村上ファンドは阪神の経営権を握ろうと試みたのだろうか。言い尽くされていることだが、同社に限らず、鉄道会社は土地をはじめとする固定資産の含み益(時価をもとに算出した資産価値が簿価上の資産価値を上回っている場合の差額分)を保有しているからである。鉄道会社の買収に成功した暁には時価で転売すれば膨大な利益が得られるし、そうでなくても含み資産があるというだけで株価をつり上げることができるのだから、うまみのある話だ。
 今回の「鉄道よもやま話」では阪神が鉄道事業を営むために所有している固定資産の含み益がどれだけあるのかを検証することとした。いつものように、『平成15年度 鉄道統計年報』(国土交通省鉄道局監修、政府資料等普及調査会、2005年3月)をもとに検証しよう。300ページ〜312ページの「(6)貸借対照表(その四)」、354ページと355ページの「(7)土地建物面積表(その5)」、630ページ〜637ページの「(23)JR旅客会社、大手民鉄及び地下鉄事業者の基準単価及び基準コストの算定に係るデータ一覧」を参照し、さらに国税庁のホームページにある「路線価図等閲覧」(http://www.nta.go.jp/category/rosenka/rosenka.htm)
も参考にした。
 阪神の固定資産の総額は3642億4638万4000円である。このうち、鉄道事業専属の金額は788億9170万7000円、鉄道事業関連の金額は7億6094万5000円。鉄道事業用の固定資産の合計は796億5265万2000円となる。
 固定資産の中身を探ってみよう。阪神が鉄道事業用として所有している土地は合わせて69万556屐F睫は線路用地が36万3441屐停車場用地が10万1928屐△修梁召22万5187屬任△襦
 広大な土地をもっているように思われるものの、平方kmに換算すると0.69平方kmだ。阪神の路線延長は40.1kmだから、幅は17mしかないことになる。関西地区にある主要な施設の敷地面積は、大阪空港(伊丹空港)が3.1平方km、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(大阪府大阪市此花区)が0.54平方kmだという。いかに少ない土地で鉄道事業が成り立つかがおわかりいただけることだろう。

時価総額は果たしていくらになるのか

 鉄道事業用の固定資産には土地のほかに建物や土地、設備などが挙げられる。だが、ここではとりあえず固定資産がすべて土地だと考えて計算してみよう。すると、鉄道事業用の土地1崚たりの簿価は11万5346円となる。
 この価格が時価と比べて高いか安いかは2003年度の路線価で判断することとしよう。阪神が所有するすべての土地の路線価を調べるのは困難なので、本線(元町-梅田間、32.1km)を例に取り、新在家(しんざいけ、兵庫県神戸市灘区新在家北町1丁目、準急と普通が停車)、青木(おおぎ、兵庫県神戸市東灘区北青木3丁目、一部の区間特急と快速急行、急行、普通が停車)、久寿川(くすがわ、兵庫県西宮市今津曙町、普通だけが停車)、出屋敷(でやしき、兵庫県尼崎市竹谷町2丁目、普通だけが停車)、姫島(ひめじま、大阪府大阪市西淀川区姫島4丁目、準急と普通が停車)の5駅を選び、駅付近の路線価のなかで最も高額な地点を抽出している。カッコ内の地名がその最高額を記録した地点だ。ちなみに、これら5駅は、阪神の平均的な姿を表している駅だとして筆者の独断で挙げさせていただいた。異論もおありかと思うが、ご勘弁いただきたい。



 結果は表のとおりだ。5駅付近で最高額を記録した路線価の平均は1崚たり20万8000円。簿価の1.8倍もあり、この価格で阪神の線路用地と停車場用地とを査定した場合は1436億3564万8000円となる。仮に村上ファンドが阪神のもつ鉄道用の土地をすべてを売却すれば、639億8299万6000円の利益が得られる計算だ。2003年度に阪神が鉄道事業で得た営業利益は43億9584万4000円だから、村上ファンドは阪神の営業利益14年6カ月分を一瞬のうちに手にすることができるのだ。
 今回、阪神沿線の路線価を調査して気づいたことがある。それは、駅から離れていくにもかかわらず、線路周辺の路線価がほとんど低下していないという点だ。理由は2つ考えられる。一つは阪神沿線はどこも開発し尽くされているから、もう一つは阪神の駅間距離の平均が975mと極めて短いからだ。
 後者について補足しておこう。阪神で駅間距離が最も長い区間は本線千船(ちぶね)-姫島間と西大阪線福(ふく)-伝法(でんぽう)間。どちらも1.5kmしかない。したがって、阪神が所有している土地は750m歩けばどこかの駅に必ずたどり着くことができる。不動産業界では徒歩何分かを表示する際、分速80mで計算しているというから、徒歩9分の道のりだ。極論すれば、阪神が所有する土地はどこも「駅前」である。このような特徴をもつ鉄道会社はありそうでない。筆者は他に思い浮かべることができなかった。
 沿線にお住まいの皆様やご利用の皆様には大変恐縮だが、鉄道会社としての阪神は地味な存在だ。大手民鉄16社のなかで比較すると、旅客営業キロ40.1kmは相模鉄道の35.9kmに次いで短い。また、2003年度の輸送人員1億6092万8000人や鉄道事業での営業収益258億5923万5000円はどちらも西日本鉄道の1億742万7000人、242億65万9000円に次いで少ない数値だ。
 このたびの阪神をめぐる一連の騒ぎでも、阪神タイガースばかりが取りざたされ、よくて子会社の阪神百貨店どまり。鉄道事業はおまけどころか存在するのかどうかもわからないかのような取り上げられ方だった。
 しかし、阪神の固定資産を分析すると、村上ファンドが着目したのは鉄道事業そのものだったということがよくわかる。村上ファンドの手法には賛同できないが、阪神の真の「企業価値」を世に知らしめたという事実だけは評価してよいのかもしれない。

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