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荒川線の追突事故について

事故の状況
 2005(平成18)年6月13日(火)午前9時37分ごろ、東京都交通局荒川線梶原停留場-栄町(さかえちょう)停留場間(東京都北区栄町)で三ノ輪橋停留場発、早稲田停留場行きの電車(乗員乗客31人乗り)がブレーキ試験のために停車していた電車に追突した。この事故で追突していた電車に乗っていた27人の乗客が重軽傷を負ったという。この事故で心身に傷を負われた皆様には心からお見舞いを申し上げますとともに、一日も早いご回復をお祈り申し上げます。
 筆者は事故現場をまだ訪れてはいない。その点をあらかじめご了承のうえ、2006年6月13日20時現在で判明している事柄を整理し、皆様にお伝えすることとしよう。
 梶原停留場と栄町停留場との間は500m離れている。東京都交通局が東京都知事を経由して国土交通大臣に提出した線路実測図は未見だが、国土地理院発行の2万5千分1地形図「東京西部」によれば、この区間は早稲田停留場に向かう車両から見て半径800m程度の左曲線となっているようだ。このような曲線は新幹線では急な部類ではあるものの、荒川線のような路面電車にとっては比較的緩いものだといえる。また、こう配については両停留場とも標高5mとあるため、平坦区間とみなしてよい。
 さて、ここからが重要だ。この区間をはじめ、荒川線全線にATS(自動列車停止装置)は設置されていない。地上には信号機(常置信号機という)は建てられてはいるものの、停止信号を無視しても停止させるすべはないのである。以上から荒川線は運転保安設備の整っていない路線だと考えられがちだが、これは誤りだ。法律でこれでよいと定めされているからである。
 荒川線が開業の際に準拠した法律は軌道法(大正十年四月十四日法律第七十六号)という。新幹線やJRの在来線、大手民鉄の大多数の路線が準拠している鉄道事業法(昭和六十一年十二月四日法律第九十二号)とは異なり、道路上を他の交通と一緒に走行することを考慮した法律だ。
 軌道法による鉄道(以下路面電車)と鉄道事業法での鉄道(以下鉄道)とでは車両の運転方法が大きく異なる。その最大のものは先ほど取り上げた信号機の役割が違うという点だ。鉄道の場合、信号機は停車場(駅、信号場、操車場)に入ることあるいはここから出ることを許可するものであり、停車場と停車場との間では一定区間に1列車しか運転できないように区切る(閉そくという)ために設けられている。
 いっぽう、路面電車の信号機はたいていの場合、他の交通との事故を防ぐために交差点に設置されている。また、単線区間の始まりと終わりの地点にも建てられ、正面衝突事故を回避させる役割を果たす。
 停車場への進入や進出を許可するといっても、路面電車には停車場そのものが存在しないし、閉そくという概念もない。何両もの路面電車が続行して走行する光景をよく見かけるが、これは路面電車だからこそ可能なのだ。

路面電車ならではの規則

 鉄道と比べて前近代的なシステムをもつと思われる路面電車だが、その運転には鉄道よりもはるかに厳しい規則が設けられている。軌道運転規則(昭和二十九年四月三十日運輸省令第二十二号)を見てみよう。第五十三条で定められているのは「車両の運転速度は、動力制動機を備えたものにあつては、最高速度は毎時四十キロメートル以下、平均速度は毎時三十キロメートル以下とし、その他のものにあつては、最高速度は毎時二十五キロメートル以下、平均速度は毎時十六キロメートル以下とする。」だ。
 追突した電車の運転士によれば、事故直前の速度は25km/hだったという。また、東京都交通局によれば、この電車は梶原停留場を9時35分に出発し、栄町停留場には9時37分に到着する行程を組んでいた。平均速度は15km/hである。第五十三条に違反している点は何も見いだせない。
 ところが、現実には追突してしまった。何が問題だったのかは軌道運転規則第五十八条から推測できる。同条には「車両が他の車両に追従する場合であつて、先行車両との距離が百メートル以下となつたときの運転速度は、毎時十五キロメートル以下とする。」とある。
 15km/hとは1秒間に約4.17m進む速さだ。この速度で100mを走るとおよそ24秒を要する。つまり、これだけゆっくりと走らせておけば、追突事故は避けられるはずだと考えているのだ。
 今回、追突直前の速度が本当に25km/hだったとすると重大な規則違反となる。秒速に置き換えると6.94m/sだから、100mを約14秒で走りきってしまう。前方を行く電車に気づき、ブレーキを作動させ、電車のブレーキが効き出して実際に停車するまでの時間が余計にかかることを考えれば、規則で定められているよりも10km/h速く、そして100mを10秒速く走る行為は危険極まりないといえる。
 いまのところ判明している点はここまでだ。線路や車両の状態がわからないし、運転士に何らかの障害が発生したとも考えられる。とはいえ、今回の事故の責任を追突した電車の運転士や東京都交通局だけに負わせてしまうのは少々問題があると思う。それでは路面電車同士の追突事故を絶滅させることはできないからだ。
 大正時代に施行された軌道法とその関連規則は、歴史が長いだけに改正を繰り返し、いまとなっては数多くの矛盾点や意味をなさない点が含まれている。今後は軌道法の問題点についても紹介していこう。

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