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『鉄道用語の不思議』の未収録原稿から その1

 おかげさまで、拙著『鉄道用語の不思議』(朝日新聞社)は発売から日が浅いにもかかわらず、皆様から大きな反響をもって迎えられている。この場を借りて感謝申し上げたい。このような地味なテーマにもかかわらず、多くの方々が鉄道用語に興味を抱かれているという事実に意を強くするとともに、これまで読者の皆様が本当に読みたかった事柄を伝えていなかったと猛省する次第だ。
 さて、『鉄道用語の不思議』には何本か収録を見送った原稿が存在する。内容として不十分だったとは筆者は思わないが、やや専門的に過ぎるといった理由と誌面の制約の関係で掲載を断念せざるを得なかった。2007(平成19)年9月14日付けの当欄で旧形電車に関する拙稿を掲載したが、今回はつり掛式支持装置(つりかけしきしじそうち)についての拙稿を紹介したい。

つり掛式支持装置

 電気機関車や電車が搭載している主電動機の出力を車軸にどのように伝えるのか。ドイツはベルリンで初めて電気車が現れた1879(明治12)年以来、先人たちはこの難題に取り組んできた。その歴史をたどっていくと実に興味深い。簡単に振り返ってみよう。
 ごく初期の電気車では車体に主電動機を搭載していた。出力が低い割にモーターが大きかったからだ。主電動機の出力は蒸気機関車のようにロッドなどを介して車軸に伝えられる。このような装置を電動機車体装架駆動装置という。旧軽井沢駅舎記念館(長野県北佐久郡軽井沢町)に保存されている日本初の10000形(EC40形1号機)電気機関車(1911年製)もこのような装置を搭載している。
 19世紀も終わりごろとなると主電動機の小型化に成功し、搭載場所も車体から台車へと移されることとなった。正確には主電動機を保持するのは台車枠だ。このような装置を電動機台車装架駆動装置という。主電動機軸には小歯車、車軸には大歯車をそれぞれ装着し、互いにかみ合せれば、主電動機の出力を車両が走行するための動力へと変換することできる。
 ここで問題が生じた。走行中、車軸は前後左右に動くため、軌道からの衝撃や振動を受けると小歯車と大歯車とが外れてしまうのだ。それならばと車軸で支える方法が考案された。しかし、主電動機の重量は1t以上もある。当時の技術では主電動機を保持可能な車軸を製造することは困難だったし、車軸が重くなると軌道を破壊しやすくなるとして見送られた。
 こうして、台車枠と車軸とで主電動機を支える方式が考案される。これがつり掛式支持装置(JISE4001の番号32104)だ。JISの定義は「主電動機の質量の一部を軸受を介して動軸に負荷させるとともに,残りの質量をばね間の台車枠に負荷する機構とした主電動機の装架装置。」である。
 「つり掛」とは主電動機を台車枠に「吊り」、車軸に「掛け」ることから名付けられた。主電動機の重量のおよそ40パーセントから半分は台車枠が支持しているものの、固定はされていない。残りの重量は主電動機を固定する車軸が負担しているのだ。
 JISではぶら下げるという意味をもつ「吊」をひらがなで表記している。この漢字は常用漢字でないからだ。ただし、JISはかぎなどで引っ掛ける際に用いられる「釣」を代用したことがある。JISE4001の番号32212には「電動機支持ベアリング(釣掛け式電動機用)」とあった。どちらの漢字を用いても意味は通ると思われるが、あくまでも「吊」としたいからなのか、それともまぎらわしいためなのか、JISは装置自体の名称にはひらがなを使用している。
 つり掛式支持装置が開発されたおかげで走行中に小歯車と大歯車とが離れることはなくなった。ところが、軌道からの衝撃や振動を受けても破損しないよう、双方の歯車ともどちらかというと歯と歯との間隔を広げ、歯も深くしなければならない。このため、発進や加速の際には大きなうなり音が鳴り響き、振動も大きい。これがつり掛式支持装置の欠点だ。
 欠点はまだある。歯車だけではなく、主電動機自体も軌道からの衝撃や振動に備えて頑丈につくらなければならない。とはいえ、あまり強固なものとすれば重量が増え、軌道への影響も増大する。出力や速度の向上には大きな制約が生じてしまうのだ。
 つり掛式支持装置の欠点を根本的に解消するには台車枠だけで主電動機を保持するほかない。こうして次項で取り上げるカルダン軸駆動装置(次回の「鉄道よもやま話」で紹介します)が開発され、いまや日本の電車の大多数がこの方式に移行した。ただし、つり掛式支持装置も構造が単純でなおかつ丈夫という利点をもつ。このため、いまでも電気機関車や電気式ディーゼル機関車に採用されている。
 さまざまな改良も施されてきた。主電動機を車軸に掛ける際、そのまま載せるのではなく、ばねやゴムなどの緩衝装置を介して支持させる装置が開発され、たわみつり掛式支持装置(JISE4001の番号32105)と呼ぶ。JISによれば、「主電動機の質量の一部を緩衝装置及び軸受を介して動軸に負荷するとともに,残りの質量をばね間の台車枠に負荷する機構とした主電動機の装架装置。」である。
 この装置はJR西日本とJR貨物のEF66形電気機関車に採用された。EF66形では主電動機と車軸との間にはゴムが挿入されている。1966(昭和41)年に試作車のEF90形(後のEF66形901号機)が登場した際の紹介記事には、「半釣掛け(台車装架)の採用」(井上等、「貨物の高速輸送と2人力のマンモス・ロコEF90形機関車」「交通技術」第21巻第6号、交通協力会、1966年、P224)、「中空軸可とう(筆者注、たわむという意味の可撓)駆動方式と称して新規な設計である」(同、P225)とあった。
 確かに「台車装架」は間違っていないが、主電動機の重量は相変わらず車軸でも支えているから、正確な記述とはいえない。何よりも「半釣掛け」「中空軸可とう駆動方式」という言葉がまぎらわしい。JISではこの装置の慣用語として半つり掛式支持装置、可とうつり掛式支持装置も存在すると記されてはいるものの、誤解を招きやすいと考える。
 まずは「半つり掛」について見ていこう。「半」と呼ばれることから、主電動機の重量をたとえば台車枠で75パーセント、車軸で25パーセントとするとでも改めたのかと勘違いしてしまうが、実際にはそうではない。重量配分はつり掛式支持装置とほぼ同じである。走行中に車軸に衝撃や振動が生じた場合、その衝撃や振動を主電動機に伝えにくくする程度の効果しかないのだ。
 また、可とうつり掛式支持装置や中空軸可とう駆動方式と呼んでしまうと、台車枠だけで主電動機を支えてかのように感じられる。まるでカルダン軸駆動装置の一種ではないかとの誤解を与えてしまい、あまりよいことではない。
 現在のEF66形を開発した際、国鉄の技術者たちは「つり掛」という古くさく、欠点の多い方式から何としても脱却したかったのだろう。しかし、1時間定格出力650kWの主電動機の出力をカルダン軸駆動装置で受け止めることはできなかった。苦肉の策としてつり掛式支持装置に改良を施したが、本来は台車枠だけで主電動機を保持させたかった――。このような気持ちが込められているのだろう。
 鉄道趣味6誌を見ると、「つり掛」の表記方法はさまざま。「つりかけ」「ツリカケ」「吊り掛け」「釣り掛け」などが存在する。表記の違いは個々の編集部の考え方だから、各誌の流儀に従えばよいだろう。
 問題はその呼び方だ。つり掛式支持装置と呼ぶ例はまれで、たいてい「つり掛式」と記載し、「支持装置」を省いている。それだけならまだよい。「つり掛モーター」という不思議な記述もしばしば見受けられる。
 つり掛式支持装置の「つり掛」とは主電動機を支える方法を表しているに過ぎない。だが、「つり掛モーター」と記してしまうと、その重量の一部を車軸に負担させている主電動機の一種のように思えるし、うなり音を上げる主電動機とも受け取ることができる。
 実は筆者は幼いころ、この記載に惑わされ、「つり掛式」とは主電動機の種類なのだと長い間思い込んでいた。もちろん、そのようなことは全くなく、つり掛式支持装置しか存在しなかった時代につくられた直流主電動機でもカルダン軸駆動装置を介して作動させればうなり音はしない。また、最新式の誘導主電動機でもつり掛支持装置を用いれば主電動機の重量は車軸も負担しなければならないし、うなり音も発生する。
 つり掛式支持装置は電動機台車装架駆動装置のなかでは最も古く、最も単純な方式だ。その割に詳しい説明がなされていなかったのはあまりに当たり前の存在だったからなのかもしれない。

つり掛式支持装置についてのまとめ

1.主電動機を台車枠に取り付ける方法の一種。台車枠と車軸とで主電動機の重量を支え、主電動機に取り付けられた小歯車と車軸に取り付けられた大歯車とがスムーズにかみ合うことで出力を動力へと変換する。
2.うなり音が大きく、車軸に伝わる衝撃や振動が主電動機に伝わりやすいという欠点がある。
3.主電動機と車軸との間に緩衝装置を設け、車軸からの衝撃や振動を伝えにくくしたたわみつり掛式支持装置も存在する。しかし、つり掛式支持装置の欠点は完全に解消されてはいない。


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