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鉄道ブームとは何か

趣味として理解されている鉄道

 昨今は鉄道ブームなのだという。確かに鉄道を取り上げたテレビ番組や書物は花盛り。恥ずかしながら、筆者も鉄道ブームについてテレビや雑誌上でコメントさせていただいた。
 しかし、本当に鉄道は理解されているのだろうか。筆者はそうは思わない。鉄道が社会に利益をもたらす存在として正当な評価を受けた結果、鉄道ブームとなったのではなく、単に鉄道のもつ情緒性だとか、もっと厳しく言うならば呪物的な面ばかりが人々の興味を引いているに過ぎないと感じられる。
 先日、ある編集者から鉄道ブームについて尋ねられたが、筆者は即座にこう答えた。鉄道ブームなのではなく、鉄道趣味ブームなのだと。1970年代にボウリングが流行したり、バブルの時代にスキーブームとなったように、2007(平成19)年のいまは鉄道趣味が注目を浴びているのだ。
 もちろん、筆者は人の楽しみにけちをつけるつもりはない。実際に鉄道旅行は楽しいし、鉄道模型の奥は深い。広田尚敬氏の活躍ぶりを見るまでもなく、鉄道写真はそれ自体が独立した芸術の域まで達している。鉄道を通じて安楽な日々が過ごせるのなら、こんなに素晴らしいことはない。

鉄道を伝えていない鉄道関連メディアという皮肉

 筆者がいらだっているのは、鉄道を楽しんでいる人たちではなく、鉄道を伝える立場にある人たちだ。毎月、書店には鉄道について記された雑誌が多数並ぶが、鉄道への理解を深めたり、鉄道について客観的な評価を下す際に参考となる内容ではない。
 うそだというのなら、鉄道にはなくてはならない「出発信号機」(「停車場から進出する列車に対する信号機。」JISE3013の番号2011)という言葉が使われている頻度を調べてみればすぐにわかる。恐らく、一度か二度登場すればよいほうだ。
 鉄道ブームについての考察は今後も続けていきたいが、今回のまとめとして、2006(平成18)年8月8日に記した拙稿を紹介したい。旧形国電、つまり旧形の日本国有鉄道製あるいは国有鉄道製の電車という意味をもつ鉄道関連用語がどのように理解されているのかを少々皮肉を交えて記したものだ。
 実はこの拙稿はある出版社から書籍として発行するために執筆したものであり、この文章をもってすべてを書き上げている。にもかかわらず、1年1カ月を過ぎたいまも出版されなかったので、こちらから引き上げることにした。とはいえ、現在の鉄道趣味ブームについての一考察を日の目を見ないままにしておくのも惜しいので、ここに紹介させていただく。

旧形国電

 1980年代初頭、鉄道愛好家たちの興味の的は旧形国電に向けられた。ちょうどこのころ、日本国有鉄道の電車、略して国電のうち、旧形のものが各地で引退することとなり、にわかに注目を集めたからだ。
 旧形国電と見なされたのは日本国有鉄道に在籍していた電車のうち、1957(昭和32)年に登場したモハ90形(後の101系)電車よりも前に設計された電車である。1957年にはモハ90形のほか、70系電車、73系電車、80系電車もつくられた。だが、これらはすべて旧形国電である。日本国有鉄道の内部では旧性能電車あるいは旧標準設計車などとも呼んでいたそうだが、言いやすいためかいつしか旧形国電、さらには略して旧国(きゅうこく)と口にされるようになった。
 モハ90形以降の電車と旧形国電との相違点は明白だ。まず、主電動機を台車枠に取り付ける方法が異なる。旧形国電はすべてつり掛式支持装置を採用しているのに対し、モハ90形以降は一貫してカルダン軸駆動装置を用いているのだ。また、常用される空気ブレーキ装置は前者が一部を除いて自動空気ブレーキ装置、後者の大多数はそうではない。モハ90形以降、長い間電磁直通空気ブレーキ装置が用いられ、現在は電気指令ブレーキ装置が主流を占めている。そのほかにも違いは多々あるのだが解説は省こう。鉄道趣味6誌でたびたび取り上げられているし、関連する書籍も数多く刊行されているからだ。
 旧形国電に含まれる電車には日本国有鉄道が製造したものはもちろん、国有鉄道時代のものも混じっていた。1980年代のブームでもこちらを重点的に追いかけている鉄道愛好家の姿が多かったように記憶している。しかも、長生きしたのもなぜか国有鉄道時代の電車たちで、JR化された1990年代になってもJR東日本鶴見線ではクモハ12形、JR西日本小野田線ではクモハ42形の活躍を見ることができた。
 国有鉄道に在籍した電車のなかで最も古い電車は何だろうか。それは、1904(明治37)年に甲武鉄道から登場した1から28という名の電車だ。これら28両の電車は2軸車で現在のJR東日本中央線の御茶ノ水-中野間で活躍。1906(明治39)年10月1日に甲武鉄道が国有化されると同時に現在のJRのはるか前身である逓信省鉄道作業局に編入された。
 1〜28、1911(明治44)年1月以降はデ950形とデ960形は正真正銘国有鉄道の電車、つまり国電の元祖だ。1969(昭和44)年から1973(昭和48)年にかけて刊行された『日本国有鉄道百年史』にもそう記されている。
 ところが、鉄道趣味の世界でいう旧形国電にはなぜかこれら28両は含まれていない。それどころか、大正時代までにつくられた電車の大多数も省かれている。鉄道愛好家たちが呼ぶ旧形国電とは1926(大正15)年に登場したデハ73200形(後のモハ10形、クモハ11形)以降なのだ。
 鉄道愛好家たちの考えのもととなっているのは、旧形国電についてまとめられた鉄道趣味6誌の記事、あるいは他の出版社から出された書籍である。該当する記事や書籍の筆者の方々と話をする機会があったので、この件に関して筆者の疑問を投げかけてみた。すると、デハ73200形は車体を初めて金属でつくった電車で、それよりも前の電車は木製だったからだという。しかし、木造車だとなぜ旧形国電と見なされないのか、筆者には理解できない。鋼製車よりも木製の電車のほうが「旧形」のように思えるのだがいかがだろうか。
 そうした折、鉄道趣味界の重鎮と呼ばれている方から参考となる見解をいただいた。旧形国電とは、モハ90形が登場した1957年の時点で日本国有鉄道に在籍していた電車のうち、モハ90形以外の電車を指すのではないかというものである。
 これなら合点がいく。デハ73200形の末裔たちのなかには事故救援車のクモエ21形に改造され、何とJR化直前の1986(昭和61)年まで生き長らえた仲間もいる。反面、デハ73200形よりも前に登場した電車たちは1957年の時点ではすでに廃車となったかあるいは民鉄に譲渡されていた。また、大正時代に登場した比較的新しい電車も木製のために傷みが激しいことから廃車となり、一部は車体を取り換え、デハ73200形以降のグループに編入されてもいる。
 とはいうものの、いまは1957年ではなく21世紀の世の中だ。旧形国電だけでなく、一般に新性能電車と呼ばれたモハ90形の姿もすでにJR線上にはない。旧形とそうでないものとの境界が決まっているにもかかわらず、旧形がどこから始まっているのかを定義しないと後世の人が理解不能に陥る。
 筆者は旧形電車とは甲武鉄道の電車からとするのが最適だと考えているが、デハ73200形からと言うのならそれでも構わない。その際には甲武鉄道の1〜28から始まり、デハ73200形の直前に登場した電車を示す用語も考案すべきだろう。

旧形国電
1.1957年に登場したモハ90形よりも前に設計された日本国有鉄道または国有鉄道の電車。
2.一般に国有鉄道初の電車である元甲武鉄道の電車や大正時代に誕生した木製の電車は含まれていない。大正時代末期に登場した鋼製の電車、デハ73200形を指すことが多い。これは、モハ90形が登場した1957年の時点で日本国有鉄道に在籍していたからだと考えられる。
3.21世紀のいまともなると、1957年当時のことを知る人は少ない。そこで、モハ90形登場を境に、それより前に設計された日本国有鉄道または国有鉄道の電車をすべて旧形電車と呼ぶとよい。


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