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ATCに見るJR東海とJR西日本との間の温度差

過去にもJR東海はJR西日本の車両を追い出す

 前回の「鉄道よもやま話」でJR東海がJR西日本の500系を煙たがっているという話をした。結局のところ、この7月1日(日)からも500系が東海道新幹線で健在なところを見ると、使いにくい車両であるのは確かだが、さりとていますぐ追い出してしまうほど決定的な理由はないようだ。
 ところで、JR東海は過去にもJR西日本の車両を邪魔者扱いしていたことがあり、実際に追放した。0系、それも1978(昭和53)年前半までにつくられた車両だ。単に古いからという理由で追い出したのではない。保安度を向上させるためだったのである。少々、専門的でかつファン的な要素の強い話だが、安全に関する取り組みの一例として紹介したい。
 1963(昭和38)年から1985(昭和60)年までの22年間に3216両が製造された0系は年々改良が施されて登場した。1両目と3216両目とを比べると、見た目はほぼ同じだが、中身、特に機器類は全く異なると言ってもよい。数多くつくられた0系は製造ロットごとに番号が付けられ、最初に登場した1次車を皮切りに最後に登場した38次車まで実に38バージョンが存在する。

問題となったのは25次車以前の0系

 JR東海が問題としたのは25次車までの車両だ。1978年後半に製造された26次車と25次車以前の車両との相違点は先頭車の21形と22形に存在する。26次車からは搭載しているATC(自動列車制御装置)に改良が加えられ、受信したATC信号を照査する機構を完全デジタル化(デジタル式のATCに対応した装置ではない)し、妨害波への耐性を強化し、情報信頼度を高めたのだ。車両に興味をお持ちの方も多いと思われるので、形式名を記すと、25次車以前はTS-1形制御装置、搭載しているATC装置はATC1形という。26次車以降の改良版はそれぞれTS-1A形、ATC1A形と呼ばれる。
 国鉄は東海道新幹線の保安度を高めるため、1964(昭和39)年10月1日の開業と同時に導入されたATCを更新することとした。1974(昭和49)年10月に発足した新幹線総合調査委員会にATC分科会(座長は阪本捷房 さかもととしふさ 東京電機大学学長)を設けて検討に入り、約7年もの準備期間を経て1982(昭和57)年度から工事に入る。それまでのATC-1A形というシステムから東北、上越新幹線で採用されたATC-1D形への切り替えが完了したのはJR化後の1988(昭和63)年3月13日(金)のことだった。
 ATC-1A形とATC-1D形との最大の相違点は、前者が1つの信号波を用いてレールから車両へとATC信号を送っているのに対し、後者は2つの異なる周波数の信号波を用いているという点だ。車両は2つの信号波を受信していなければ信号とは見なされず、どちらか1つが欠ければ無信号となり、車両には停止信号が送られる。情報信頼性が高まると同時にスピードアップによって新たに必要となる信号の追加にも対応したシステムだ。2つの信号波を組み合わせていることから2周波組み合わせ式という。

ATCを更新したにもかかわらず、保安度の低い使い方を余儀なくされる

 JR東海がATC-1D形を導入した際、本来の計画とは異なる使い方をしなければならなかった。それは、緊急停止信号に2つの信号波からなる02E信号ではなく、信号波を1つしか用いず、結果的に無信号となる02信号を用いざるを得なかったからだ。ここまで辛抱強くお読みいただいた方なら察しが付くに違いない。そう、25次車以前の0系に搭載されているTS-1形制御装置では02E信号を受信できないケースが発覚したからである。
 緊急停止信号とは、前を行く列車の直後から1つ前の軌道回路(「列車又は車両を検知するために,レールを用いる電気回路。」JISE3013の番号7001)の境界までの間に進入した際に現示(「信号の指示内容を表すこと。」JISE2003)される信号だ。ATC-1A形での緊急停止信号は何も信号を送らないことによって現示していた。大多数のケースではこれでも大丈夫なのだが、ごくまれにレールに妨害波が混入し、他の信号を現示するケースがあった。一例だが、緊急停止信号を現示しているのにもかかわらず、70km/hで走行してよいという70km/h信号を現示するといったトラブルが実際に発生したことがある。
 JR東海は自社が所有している0系のうち、25次車以前の車両を1997(平成9)年中に一掃してしまう。ところが、JR西日本は車両の更新が遅れ、25次車以前の車両が相変わらず残っていた。そこで、JR東海は02E信号に対応している100系のうち、G編成7編成112両をJR西日本に譲渡する。
「JR西日本さんが25次車以前の車両を所有し、自社の線路である山陽新幹線内で運転するのは差し支えません。しかし、02E信号を導入したいので東海道新幹線内を運転してもらっては困ります。ついては100系を差し上げますから、これらを使って乗り入れてください」。JR東海はJR西日本に対し、このような趣旨の要請を行ったはずだ。

念願の02E信号を導入したものの、例外も発生

 東海道新幹線に乗り入れる車両から25次車以前の0系をすべて追い出したため、東京-高槻(JR東海の表現。正確には大阪府摂津市安威川南町にある大阪第一・第二・第三車両所との分岐点)間で02E信号の導入が完了した。1998(平成10)年3月(日付は不詳)のことだ。
 不思議なことに1998年3月になっても東海道新幹線のうち、高槻-新大阪間には02E信号が採り入れられなかった。「山陽新幹線だけ」で運転される25次車以前の0系も大阪で夜を明かす際には大阪第一車両所まで回送しなくてはならない。このため、高槻-新大阪間と大阪第一車両所内では02E信号を送ることができなかったのだ。
 JR東海は不安で仕方がなかっただろう。同じ路線でありながら、緊急停止信号という重要な信号の現示方法が異なっているのは素人目に見ても問題が多い。
 どうしたことか、JR西日本は21世紀に入っても25次車以前の0系を使い続けた。JR東海はやきもきしていたに違いないが、絶好のチャンスが訪れる。東海道新幹線のATC-1D形をデジタル式の新ATC、ATC-NS形へと置き換えることとなり、2006(平成18)年3月18日(土)の切り替えと同時に高槻-新大阪間にも02E信号を導入したのだ。JR西日本もこれを了承し、25次車以前の0系は2005(平成17)年度中にすべて姿を消す。晴れて、高槻-新大阪間にも02E信号が現示されることとなったのである。
 余談だが、JR西日本はATC-NS形の導入に関してもJR東海と完全に歩調を合わせてはいない。同社は自社が所有する300系、500系、700系をATC-NS形に乗り入れできるように改めたが、高槻-新大阪間と大阪第一車両所に乗り入れる0系と100系に対しては何も施していない。耐用期限が迫っている車両に新たに投資するのは得策ではないと考えたのだろう。
 これでどうやって高槻-新大阪間や大阪第一車両所内を運転しているのか疑問に思われるに違いない。実はこれらの区間ではATC-NS形だけではなく、従来のATC-1D形の信号もレールに送っているのだ。
 02E信号はしっかり現示されるのだから、デジタル式だろうがアナログ式だろうが、確かに保安度に差はない。また、同じ路線内で両方式のATCを混在させて使用する事例はJR東日本の東北新幹線でも見られ、特に問題はないだろう。とはいえ、東海道新幹線のATCに関してJR西日本が行ってきたことは、安全についての同社の考え方を象徴するようだ。率直に言ってあまり褒められたものではない。


参考文献
『新幹線の30年』、東海旅客鉄道株式会社新幹線鉄道事業本部、1995年2月
東海旅客鉄道株式会社新幹線鉄道事業本部、『東海道新幹線のあゆみ  「のぞみ」成長の軌跡』、東海旅客鉄道新幹線鉄道事業本部、2005年3月
新幹線運転研究会編、『新幹線』、日本鉄道運転協会、1984年10月
『新幹線信号設備』、日本鉄道電気技術協会、2002年4月
『ATS・ATC 改訂版』、日本鉄道電気技術協会、2001年7月


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