HOME > 記事のINDEX
/

福知山線列車脱線事故から2年

 あの日から2年が経過してしまった。言うまでもなく、あの日とはJR西日本の福知山線塚口-尼崎間で宝塚駅発、同志社前駅行き7両編成の上り快速電第5418M列車が脱線し、死亡者107人(乗客106人、運転士1人)、負傷者555人(すべて乗客)を出す大事故が起きた2005(平成17)年4月25日(月)のことだ。
 ここで改めて犠牲となった皆様に哀悼の意を表しますとともに、心身に深い傷を負われた皆様、愛する家族や親族、友人を失われた皆様にお見舞いを申し上げます。

 脱線事故から2年、本欄で記そうと考えていたことは4月24日(火)に放送された朝日ニュースター「ニュースの深層 evolution」で発言させていただいた。内容自体は目新しいものではない。2006(平成18)年12月20日に国土交通省航空・鉄道事故調査委員会(以下事故調)から公表された「事実調査に関する報告書の案(意見聴取会用) 西日本旅客鉄道株式会社 福知山線塚口駅〜尼崎駅間 列車脱線事故(平成17年4月25日 兵庫県尼崎市において発生」(以下報告書案)や、2007(平成19)年2月1日には報告書案をもとに開催された意見聴取会の議事録、さらには国土交通省やJR西日本、他の鉄道関係者などへの取材を通じて得たことをまとめたものであり、これまで当ホームページでも断片的に紹介してきたことだ。
 本来ならば、番組出演時のコメントをまとめてお伝えしようと考えていた。しかし、翌4月25日(火)に開催された追悼慰霊式で遺族代表の下浦邦弘さんの言葉に耳にし、軽々しく記すことができなくなってしまったのだ。
 下浦さんの怒りはJR西日本だけでなく、筆者のような立場の人間にも向けられていた。これは当然だ。脱線事故が起きるまでというもの、筆者は鉄道に関する公正で有益な判断材料を提供しているつもりでいたのだが、実際の記事は鉄道事業者、軌道経営者寄り、つまり提灯持ちあるいは御用ライターと化していたからである。
 脱線事故後、筆者はフジテレビとテレビ朝日の報道番組でコメントを行い、それまでの考えをすべて改めて臨んだ。当初、JR西日本はこの脱線事故を踏切事故だと言っていたが、筆者は即座に否定した。地形図と当日の列車ダイヤからそうではないとすぐに判明したからだ。また、後に同社が置き石の可能性があると示唆したときも、明治時代から現代まで日本で発生した鉄道事故の記録を調べ、置き石が原因にしては線路の破損が少ないとコメントしている。そして、脱線事故の原因はスピードの出しすぎで、原因は回復運転によるもの。もしも、曲線区間の手前でATS-P形による速度照査が行われていれば事故は防ぐことができたとも述べた。
 こうしたコメントの数々を自慢したいのではない。脱線事故前から予見できていたにもかかわらず、発言してこなかった反省からだ。事故を起こした運転士が受けたことで問題となった日勤教育を筆者は10年以上前に吹田駅構内で目撃したこともある。なぜ、これらを結び付けられなかったのか。全くもって恥ずかしい限りだ。
 いずれこの脱線事故についてまとめなくてはならないが、もう少し慎重にすべきではないかとも考える。あまりに多くの生命が失われ、あまりに多くの人たちの幸福が奪われたからだ。いまは運転の安全の確保に関する省令(昭和二十六年七月二日運輸省令第五十五号)の第二条第一号の綱領を紹介させていただき、現在の思いをお伝えしたい。

(一)安全の確保は、輸送の生命である。
(二)規定の遵守は、安全の基礎である。
(三)執務の厳正は、安全の要件である。


search this site.