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路面電車とはどういう乗り物なのか

人気者の路面電車、敵役の地下鉄

 路面電車は人に優しい乗り物だ。停留場にはあまり段差がないから気軽に乗り降りできるし、車内には気取ったところもない。その土地ならではの個性に満ちあふれているし、車両の形態もバラエティーに富んでいる。
 いっぽう、鉄道愛好者はともかくとして地下鉄がお好きという方はどのくらいいらっしゃるだろうか。地下のホームに降りなければならないから乗り降りはしづらいし、駅構内も車内もどこかよそよそしい。土地ごとの差異はあまりないし、車両の形態は画一的だ。莫大な建設費を償却するためとはいえ、概して運賃が高額な点もいただけない。
 2007(平成19)年1月24日(木)、京都市は交通社会実験を実施した。実験では今出川通に専用レーンを設けて同市交通局のバスを走らせ、路面電車を走らせた場合に道路交通にどのような影響を及ぼすのかを調べたという。結果は3月中にも発表されるそうだ。
 特筆したいのは京都市交通局は1978(昭和53)年10月1日に路面電車の運行を廃止し、1981(昭和56)年5月29日に地下鉄を開業させたという点だ。つまり、路面電車は用済みだ判断したにもかかわらず、再度必要だと考えるようになったのである。別れた恋人のことが忘れられないという状況はよくあることだが、路面電車に対する京都市の態度も似たようなものなのかもしれない。

輸送力は地下鉄の圧勝

 今回は路面電車と地下鉄とを冷静に比べてみたい。例によって参照するのは『平成16年度 鉄道統計年報』(国土交通省鉄道局監修、政府資料等普及調査会、2006年3月)のデータである。比較に当たり、路面電車のサンプルとして広島電鉄の広島市内軌道線(本線、宇品線、江波線、横川線、皆実線、白島線の総称。以下広島電鉄)19.0kmを、地下鉄からは延長14.8kmの南北線が開業している仙台市交通局(以下仙台市営地下鉄)を取り上げた。
 まずは2004(平成16)年度の輸送人員から見ていこう。広島電鉄は3878万5000人、仙台市営地下鉄は5471万5000人と仙台市営地下鉄のほうが1593万人も多い。これだけでは判断できないので、旅客輸送密度(旅客営業キロ1km当たりの1日平均旅客輸送人員。求め方は、年間輸送人キロ÷営業キロ÷365)で比べてみよう。広島電鉄は1万5713人で仙台市営地下鉄は5万4413人だ。
 ここで、なぜ広島電鉄と仙台市交通局を取り上げたのかを明かそう。輸送人員という観点から見ると、広島電鉄は全国の路面電車中最大、いっぽうの仙台市営地下鉄は全国の地下鉄中最小の数値をそれぞれ計上している。にもかかわらず、広島電鉄の輸送実績は仙台市営地下鉄の足元にも及ばない。地下鉄といういわゆる普通鉄道の輸送力がいかに大きいかがこれでおわかりいただけただろう。

路面電車は運転事故が多い

 今度は運転事故面を取り上げて比べてみたい。
 広島電鉄の運転事故件数は9件、死者数は0人、負傷者数は11人(うち乗客は7人)である。内訳を見ると、車両衝突事故が1件で負傷者は3人(同3人)、車両脱線事故が1件で負傷者は0人、道路障害事故(道路を通行する自動車や歩行者と衝突あるいは接触した事故)が6件で負傷者は7人(同3人)、人身障害事故(車両の運転によって人の死傷を生じた事故で、車両衝突事故、車両脱線事故、車両火災事故、踏切障害事故、道路障害事故のいずれにも該当しないもの)が1件で負傷者は1人(同1人)だ。
 2004年度に広島電鉄の列車(正確には車両。軌道法では列車という呼び名は存在しない)が走行した距離は362万3906kmだった。つまり、運転事故は列車が40万2656キロ走行するごとに起きており、もっと細かく見ると41日に1回発生していることになる。
 これに対して仙台市営地下鉄の運転事故件数は人身障害事故が1件だけで負傷者数は1人(乗客の負傷者数は0人)だ。1件だけなのだから、運転事故は年間の走行距離である173万766kmを走行するごとに起きていることになり、計算するまでもなく366日(2004年は閏年)に1回運転事故が発生すると考えられる。
 仙台市営地下鉄は広島電鉄に比べ、運転事故が起きるまでの走行距離が4.3倍、日数で8.9倍も長い。広島電鉄の名誉のために付け加えると、運転事故が多いのはこの会社の体質に問題があるからではない。表のとおり、路面電車は他の形態の鉄道と比べ、運転事故件数が突出して多いのだ。



 路面電車は道路上を走るために十分注意していても自動車との衝突や接触の可能性を絶無にはできない。また、1つの車両をある一定の区間を占有させる閉そくという概念が単線区間を除いて存在しないため、ATSやATCといった保安設備の導入も基本的には行わなくてよいことになっている。
 一例だが、路面電車が交差点の赤信号を無視して進んだとしても、運転士がブレーキを作動させない限り、止める手だてはない。こういった点について筆者は国土交通省にも申し立てている(http://www.mlit.go.jp/pubcom/06/kekka/pubcomk48/01.pdfの1と4)のだが、抜本的な改革は難しいようだ。

経営効率はどちらが有利?

 最後に鉄道事業または軌道経営を営むうえでの営業損益と、100円の売上に要する費用を表す営業係数(償却後)から経営効率について考えてみたい。
 広島電鉄の営業損益は4億1442万3000円の黒字で、営業係数は90.8である。仙台市営地下鉄の場合、営業損益は13億230万2000円の黒字で営業係数は89.3だ。
 営業損益の差は輸送力の差でもあるから、仙台市営地下鉄が3.1倍も上回っているのはやむを得ない。しかし、営業係数はどちらもほぼ同じ数値だ。広島電鉄が置かれた環境を考慮すれば健闘しているといえる。両者の旅客車の両数と職員数を比較すれば一目瞭然だからだ。
 広島電鉄は269両の旅客車を保有し、603人の職員が業務に従事している。いっぽう、仙台市交通局が保有している旅客車は84両で、職員数は403人だ。つまり、広島電鉄は輸送規模が少ないにもかかわらず、仙台市交通局よりも旅客車が185両、職員数が200人もそれぞれ多い。これだけ差があるのに営業係数がほぼ同じということは広島電鉄は涙ぐましい合理化策を実行していると考えられる。
 基準賃金と基準外賃金、臨時給与を合わせ、1人に支払われる1カ月の平均給与を調べてみると、広島電鉄は39万1226円、仙台市交通局は70万862円だった。仙台市交通局の平均給与はJR中で最高額のJR東海の64万9404円をも上回っているのでいかがかと思うが、それにしても30万9636円という金額の差は大きい。
 路面電車は輸送単位が小さく、また速度が遅く運用効率が悪いので車両を多数用意しなければならない。しかも、無人運転は実用化されていないから、どの列車にも運転手が乗務する必要がある。運転手の数は広島電鉄が265人、仙台市交通局が59人だ。206人もの差異が生じているのは、「広島電鉄が路面電車だから」という理由以外に考えられない。
 全国各地で路面電車が姿を消してしまったの理由は道路交通の妨げになってしまったからだ。そのうえで、路面電車が宿命的にもっている経営効率の悪さも拍車をかけたに違いない。
 すでに京都市は細かく分析していることと思うが、現在の路面電車には課題が山積している。利用者の立場としては路面電車の復活を歓迎したいところだが、ここは慎重に考えなくてはならない。復活した路面電車が再び廃止されるといった事態など、だれも見たくもないからだ。


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