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福知山線脱線事故の報告書案を読んで2

 航空・鉄道事故調査委員会(以下事故調)が2006(平成18)年12月20日(水)に公表した「事実調査に関する報告書の案(意見聴取会用) 西日本旅客鉄道株式会社 福知山線塚口駅〜尼崎駅間 列車脱線事故(平成17年4月25日 兵庫県尼崎市において発生」(以下報告書案)についての具体的な記述を引き続き検証してみよう。なお、報告書案は事故調のホームページ(http://araic.assistmicro.co.jp/)の左下にある「意見調査会」をクリックすると、本文1編、付図3図、用語集1編がダウンロードできる。

明暗を分けた3.6秒

 今回の事故について最も気になるのは、事故現場付近で列車がどのように走行していたかという点だ。これについては報告書案の10〜11ページ、「2.2.7 本件列車の伊丹駅出発から事故現場に至るまでの運行経過」に簡潔にまとめられている。
 それによると、事故を起こした上り快速電第5418M列車(以下5418M)は約116km/hの走行速度で問題の曲線に差しかかり、22m進んだ地点で通常用いる回生ブレーキ装置を作動させたという。回生ブレーキ装置とはJISE4001の番号71016で「主電動機を発電機として用い,これによって発生した電力を電車線(筆者注、架線)に返すブレーキ装置。」である。5418Mの運転士は徐々にブレーキ力を強め、ブレーキをかけ始めてから113m走行した地点で約105km/hまでスピードを下げたものの、同時に1両目の車両は進行方向左側に倒れるように脱線していった。
 実は報告書案には5418Mが力学的にどのような運動を行って脱線したのかについての記述はない。ただし、「2.21.5 脱線のコンピュータ・シミュレーション」(159〜161ページ)ではカーブの始まりから終わりまで等速で走行したとして、走行速度が何km/hであれば脱線しなかったかを試算しており興味深い。105、110、115km/hの3段階で試算した結果、1両目は105km/h、2両目は110km/hであれば脱線しなかったとの結果が出た。逆に言うと、1両目の走行速度が110km/h以上、2両目の走行速度が115km/hであるときは脱線するのだという。
 5418Mの走行速度が116km/hから105km/hに下がるまでに要した時間は3.6秒。つまり、シミュレーションどおりならば、運転士があとわずか3.6秒早く回生ブレーキ装置を作動させていればあのような悲惨な事故は発生しなかった可能性が高い。
 言うまでもなく、このような事故において3.6秒とは果てしなく長い時間である。それでも何とかならなかったのかと筆者は思う。
 事故調も同様に考えていたらしく、報告書案の大多数のページは、ブレーキ操作が3.6秒遅れた原因の究明に費やされていた。その際、事故調はさまざまな事象を取り上げている。報告書案にはこれらが事故の原因であるとは記されてはいない。だが、明らかに帰納法による思考に基づいて取捨選択したと考えられる。したがって、いくつか登場する事象はすべて事故の要因であると考えてよいだろう。

管理職失格を暗示する事故調

 筆者が最も興味を抱いた事象は「2.7.4.4 事故者に対する再教育に関する京橋電車区長の口述」(54〜55ページ)である。事故後に悪名を馳せたいわゆる日勤教育についての説明だ。5418Mの運転士も受けた京橋電車区の再教育の内容はレポート作成や上司(助役または係長)による試問らしいが、率直に申し上げてあまり運転技量の向上には役立たないように感じた。運転シミュレータを用いたり、実際の列車に添乗しての訓練ではないからである。もちろん、心構えも大切なので間違いだとは断言できないし、現実はそう甘くはないのだろう。
 この点を踏まえ、気になったのは以下の部分である。

「評論家の方が『今の躾はなっていない。家庭でも学校でも怒らない。こういうことが日本を崩壊に導くんだ』と言うが、私はそのとおりだと思う。家庭で怒らない、学校の先生はサラリーマン化し、それは家庭で言うべきなんだろうという形で、何も言わない。結局、人間の育成というか、躾は、今や企業にゆだねられている。
 良いことは良い、悪いことは悪いという分別、そして鉄道という世界だからルールをしっかり守るということをしっかり植えつけなければ、ルール違反をすることになりかねない。
 また、乗務員の教育や管理は、フォローしていかないと、そのときだけで終わってしまい、また人間関係がギクシャクするし、上司というのはそのときだけなんだなと思われる。私はそのような管理をしていいとは思っていないので、人間の懐に入って話そうと思っている。」

 一見、何とよい上司だろうであるとか、上司の苦労を部下は理解していないものだとも感じられる。だが、事故調が取り上げたということは、この口述も事故の要因だと考えているからに違いない。
 唐突ながら、ここで筆者が視聴したテレビ番組の話を引き合いに出させていただこう。テレビ東京系で2006(平成18)年5月22日(月)の22時00分〜22時54分まで放映された「カンブリア宮殿」でワタミ株式会社が取り上げられていた。番組中、同社が展開する居酒屋チェーン和民の店長を集めた会議の光景が映し出され、ある店長は部下の心がつかめないと泣き出す。筆者の記憶では店長を統括する上司は次のように反論する。
「一見よい店長に見えるが、こういうのが一番駄目だね。部下が言うことを聞かないのはお前に能力がないからだ。いますぐ辞表を書いてもらおう。」
 少々、演出過剰なところも見受けられ、これが本当の会議の光景だったのかは不明だ。しかし、京橋電車区長が和民の会議でここに紹介したような発言を行ったとしたら、あるいは辞めさせられていたかもしれない。事故調も同じように考えていたようで、京橋電車区長の口述に対しては事実上厳しい評価を下している。
 確かに、ミスの根本的な原因を突き止めず、上層部にかけ合って解決するでもなく、ただ単に部下に責任を転嫁しているとも受け取られる発言には筆者もいかがなものかと思う。とはいえ、人を教育するための教育が難しいこともまた事実だ。JR西日本は管理職の教育が苦手な会社なのかもしれない。筆者がかつて勤務していた会社にもそのような問題点は数多く存在した。ワタミのように管理職の教育が得意な会社はむしろ少ないようにさえ感じる。

 報告書案で取り上げられた事象のほんの細かい話でさえ、つぶさに読み取ってみるといま挙げた話となってしまう。核心に迫っていきたいのはやまやまではあるが、続きは後日とさせていただきたい。


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