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安全と規制緩和、どちらが大事?

パブリックコメントの内容

 2006(平成18)年6月23日付けの本欄、「飛び込み自殺は運転事故なのか」の文中、筆者は国土交通省が募集していた「運輸の安全性の向上のための鉄道事業法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係省令等(鉄道・海運関係)に関するパブリックコメント」に寄せた文面を紹介するとお伝えした。その結果を説明させていただこう。

 今回、国土交通省が何を目的としているのかは、http://www.mlit.go.jp/pubcom/06/pubcomt44_.htmlにある別紙
(http://www.mlit.go.jp/pubcom/06/pubcomt44/01.pdf)を参照すると理解できる。簡単に言えば、ここのところ国土交通省が監督している運輸事業には事故が多いため、省令を改正して万全を期したいという内容だ。
 タイトルにも登場する運輸の安全性の向上のための鉄道事業法の一部を改正する法律(平成十八年三月三十一日法律第十九号)の内容は「首相官邸」の「官報ダイジェスト」(http://www.kantei.go.jp/jp/kanpo/mar.5/t10331t0069.html〜http://www.kantei.go.jp/jp/kanpo/mar.5/t10331t0076.html)で閲覧することができる。第一条の冒頭を見てみよう。鉄道事業法第十八条に「鉄道事業者は、輸送の安全の確保が最も重要であることを自覚し、絶えず輸送の安全性の向上に努めなければならない。」をはじめとする条文を加えるとある。利用客にとっては当然のことであり、何をいまさらと言いたくなるが、わざわざこのような条文を入れなくてはならないほど、鉄道事業者に対する社会の目は厳しくなってしまったのだ。
 さて、この法律の一部施行に伴って鉄道事業法と軌道法とに関連する国土交通省令も改正の必要が生じた。その際に一般からも広く意見を求めようと考え、パブリックコメントを募集したのである。
 前置きが長くなってしまって恐縮なので先へ進もう。筆者が意見を述べたのは「鉄道事故等報告規則(昭和六十二年二月二十日運輸省令第八号)の一部改正について」と「鉄道に関する技術上の基準を定める省令(平成十三年十二月二十五日国土交通省令第百五十一号)の一部改正について」の2点である。
 鉄道事故等報告規則については前回記したとおり、「移動中の物体の前への飛び込みまたは横臥による故意の自傷および自殺」を運転事故に加えるべきだと述べた。軌道事故等報告報告規則(昭和六十二年三月二十七日運輸省建設省告示第一号)でも同様に改正してほしいと主張したのは言うまでもない。

簡潔すぎて罰則もない省令が鉄道の安全を規定する

 問題は鉄道に関する技術上の基準を定める省令(平成十三年十二月二十五日国土交通省令第百五十一号)の一部改正についてだ。もちろん、この省令を改正して安全性の向上を図りたいとの趣旨は理解できる。だが、筆者は同省令自体の意義について疑問を抱いているため、再考を促すようにと意見を述べた。理由は次のとおりだ。
 この省令は規則ではなく、単なる指針である。したがって、守らなくても何の罰則も課せられない。鉄道事業は許認可事業であり、他にも各種の報告や検査があるから厳しい規制や罰則は不要だと国土交通省は考えているのだろう。
 しかし、この省令の施行によって規制緩和が達成された2001年12月25日以前ですら、規則を守らずに運転事故を起こした鉄道事業者が存在した。京福電気鉄道(福井鉄道部)である。結局、同社は鉄道事業を廃業し、2003(平成15)年7月19日から第三セクターのえちぜん鉄道に引き継がれている。このような状況下では規制の強化が行われても不思議ではない。にもかかわらず規制緩和を断行したのは率直に言って理解できない。
 もう一つの問題はあまりに簡潔すぎて効力を発揮できないのではないかという点である。国土交通省によれば
(http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha01/08/081225_2_.html)、「求められる性能をできる限り具体的に規定。」したという。しかし、実際にはあまり「具体的」ではない。ATC(自動列車制御装置)やATS(自動列車停止装置)について定めた第五十七条を引用しよう。
「閉そくによる方法により列車を運転する場合は、信号の現示に応じ、自動的に列車を減速させ、又は停止させることができる装置を設けなければならない。ただし、列車の運行状況及び線区の状況により列車の安全な運転に支障を及ぼすおそれのない場合は、この限りではない。」
 いかがだろうか。仮に筆者が鉄道事業者だったとすると、これではどのような場合にATCやATSを設置すべきで、設置するとなったらどういう仕様としなければならないのかを「具体的」に知ることはできない。
 同様に鉄道事業者もこれだけでは役に立たないと考えているようだ。そこで、この省令の下には詳細を記した解釈基準が存在し、各地方に設けられた鉄道局の局長から鉄道事業者に通達されることとなっている。しかし、あくまでも基準なので、独自の解釈で実施しようと思えばできてしまう。その点も問題だ。
 ちなみに、解釈基準をまとめた書籍は鉄道技術系の各団体から発行されているが、国立国会図書館に納めていないため、筆者の知る限りでは国土交通省の図書館でしか見ることができない。解釈基準は国土交通省内でも引っ張りだこのようで、職員に貸し出し中のために閲覧できないこともしばしばだ。
 国土交通省自身、鉄道に関する技術上の基準を定める省令の問題点を法規のなかで明らかにしている。軌道法に基づいて開業した軌道のうち、大阪市営地下鉄のように鉄道事業法による鉄道と変わらないものについては、軌道運転規則(昭和二十九年四月三十日運輸省令第二十二号)第三条第一項の規定によってこの省令を準用するとある。事実上、鉄道と同じなのだから当然だろう。
 ところが、同規則附則第三項によれば当分の間、鉄道運転規則(昭和六十二年三月二日運輸省令第十五号、平成十四年三月八日廃止」を準用するとある。鉄道に関する技術上の基準を定める省令ではあまりにも簡潔すぎるため、軌道経営者には参考にならないと国土交通省自身が宣言しているのだ。

 福知山線で脱線転覆事故が発生した際、ATSが注目の的となった。スピードを出しすぎても自動的にブレーキが作動する速度照査機構を備えていれば、100名を超える尊い人命が失われるような事態は起きなかったかもしれないからだ。筆者は、ある記者からATSに関する規制は何かないのかと聞かれたため、先ほどの第五十七条を示した。すると、あまりの簡潔さに言葉を失ってしまったことが印象に残っている。
 身動きが取れないほど規制で縛り付けるのは確かによくない。だが、それが安全のためとなれば話は別だ。人命が失われるような規制緩和とは一体何なのだろうと思う。

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